第3600話 一期一会の「愛顔」(後編)

2023年02月10日 08時00分00秒 | Weblog

なぜ、私に話しかけてきたのか。

驚いてその声の方を見上げると、

年配のご婦人だった。

互いの病状について触れることはない。

そこから先はなんとなく

当たり障りのないことをぽつぽつ話しながら

順番を待った。

 

あの時、ご婦人とどんな言葉を交わしたのか

覚えていないが、今日限り二度と会うことはないだろう

という安心感の中、互いに言葉ではないもので

励まし合っていたあの時間を

心の交流と言ってもいいのではないかと思う。

 

施術前の不安と緊張からだろう。

ご婦人の顔をはっきり思い出せない。

記憶の中でぼやけていくその顔を

「愛顔」と言うのはおかしいのかもしれない。

けれど、不安で体が冷え切っていた私に

あたたかいお茶をくださった、

あの沁みゆくお茶を忘れることができず、

柔和な雰囲気をまとったご婦人は、

確かに上品な「愛顔(えがお)」だった。


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