Chun日記~両足脛骨欠損症の娘をもった父親の育児&子育て奮闘日記

「Chunの部屋」もよろしく。メアドもそちらにありますよ。http://aka.gmobb.jp/chuns_room/

懐かしい人形

2024-11-08 23:52:00 | 産まれてから受容まで
整理をしていたら出てきた赤ちゃん人形
懐かしい。





手のひらサイズの起き上がりこぼし
ビー玉二つ分くらいのサイズ

この人形
私の、私たち家族の恩人である。
少しだけ、昔話を聞いてほしい。

上の娘が産まれた時、体重が少なくて
新生児集中治療室(NICU)にはいることになった。
極小未熟児と呼ばれる状態で、10を超える合併症を伝えられ、いつ命の危険を迎えてもおかしくないと、手術や輸血の同意を3枚くらい書いたのを覚えている。

その後、7週間半、周産期集中治療室にて羊水環流で寝たきりだった、衰弱して座ることもできない妻に変わり、娘の両脚脛骨欠損などを伝えられ。
いまだ不安定な状態の妻に、準備不足のままで、それが伝わり。
妻や妻の両親がパニックに陥って。

私一人で流れに逆らうと、妻との関係が絶望的になりそうな空気で、娘に会いに行けなくなり。
NICUの看護師さんに、こっそり「写るんです」を預けて、写真をたくさん撮ってもらいたい旨を伝えた。

その時
ある看護師さんがくれたのが、この人形である。
渡された時、なんと言われたかは忘れてしまったけれど。小さな命が生きようとしていると言うことを、私に絶えず教えてくれた。

その後に、様々な苦難に陥るたびに、この人形には救われた。
でも、なんだか恥ずかしくて、誰にも言えなかった。
この人形をそっとしまい込んだのは、いつだったか。下の娘が産まれた時だったような覚えがある。

長い間私を支えてくれた、小さな小さな英雄。それが、この赤ちゃん人形なのである。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

名前をつける時のこと

2006-09-13 21:04:07 | 産まれてから受容まで
 秋篠の宮様のご子息のお名前が決まったみたいですね
 悠仁とかいて『ひさひと』
とても柔らかい響きですね

 ふと娘の名前を考えた時のことを思い出しました

 思えば産まれる前から名前は考えていて、妻が絶対安静状態だわ、性別すら教えてくれないわ………だったので一人で長い間考えたなぁ(^^;)

 響きをやわらかく、暖かい感じにしたくて、いろいろな候補を考えたなぁ
 その後で漢字を一つずつ漢字そのものの意味から調べて、良い意味と悪い意味のある漢字は避けようかなとか、省略されにくい方がよいかなとか、呼びやすい方がいいかなとか
 ちゃんをつけたら? さんをつけたら? どんな感じになるかなとか………いろいろ考えたな~

 さらに様々な本を読みあさり画数とかも気になってチェック(^^;)
 あれもやりだすとね あんまりたくさんの種類がある悩むよね
 でもさ 一つの本でもものすごくわるい結果がでたりするとね~
 将来娘がみたら凹むかなぁと考えたりするね
 ネットでもたくさんやってみたね

 そんなこんなでなやんでなやんで決めた娘の名前
 足の障害がわかり、妻と妻の両親が少し錯乱しているさなかに命名をしなくてはならず、私が決めた名前で押し切ることになったこともあり、身を削って考え抜いた覚えがある
 考えすぎて届け出が締め切り二時間前(^^;)
 なんだか懐かしい
 あのときはよく頑張ったなぁ………←自分

 あ、そうそう
 このブログを読んでいるひとで娘の名前をご存知の方
 思わずコメントに娘の名前を書いたりしないよーに(^^;)
 私も思わず書きそうになりました(^^;)

 


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

足のこと忘れてる・・

2004-09-30 22:54:47 | 産まれてから受容まで
あれからもう一度2泊3日の外泊が終わり、三度病院の付き添い入院に入っています。
娘は4050gを突破です。

順調に成長していて、首も半分座ってきています。
妻の両親も最近だいぶ精神的に回復したのか、はたまた妻のがんばりに刺激されたのか、娘に会いに来たり、ミルクをあげたり、沐浴を手伝ってみたり・・・・色々してくれているようです。良かった良かった。

このころの赤ちゃんは本当に不思議ですね。
どこまで意識してやっているのかわかりませんが・・・・いろんなことがわかっているのではないかと思うことがありますね。
最近よく笑うようになり、ミルクを飲みながら遊びのみをしては飲ませている人に笑いかける・・・・という困った癖が付きました。

まあ、なんだか成長した証拠なのかなあと思っていますが・・・・ぐずって泣いたり抱っこを要求して泣いたりするので大変です。しかしこれだけ毎日世話をしていると、一人でも全然大丈夫なくらいには私にも自信はついてきましたね。なんだか不思議な気分です。
子育ては昔から不思議とやってみたくて、やってみて珍しいのかもしれないけど・・・・楽しいなと。
もちろん大変だけど・・・・・変われるもんなら妻の変わりに育休とるのも本当に悪くないなと思うようになっています。

まあ、こうなってしまうと一瞬足のことなんか忘れていることが多いんだよね。そんなものなのかもしれないね。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

娘4000g突破!

2004-09-30 00:34:46 | 産まれてから受容まで
私たちは9月10日から日赤病院で付き添い入院してまして・・・・・
私は平日6時半から8時半までと土日の11時から8時くらいまで・・・・妻の変わりをやっています。
娘は今までに二回外泊で自宅に帰りました。

取り急ぎ娘は元気です。
あんまり心配事もなくよくのみ、よく眠り、大きくなっています。
今、4022gです。
保健所の人も1週間に一回は見に来てくれています。
妻の両親も・・・・娘に会えるようになり、ミルクをあげたりベビーマッサージをしてくれたりしているそうです。
いい方向に進んでいます。本当に・・・・


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

病院に泊まって親修行です。

2004-09-18 01:33:04 | 産まれてから受容まで
私は毎日職場と病院を行き来する生活で・・・・少しお疲れ気味です。

病院のケースワーカーさんから「小児科医の先生から、お母さんさえよければ3週間程度今から泊まっていただいた上で母子のコミュニケーションを回復しつつ退院指導をする用意があります。」という話があり・・・・本当にありがたいことで・・・
・なんとか第一歩を踏み出すことができました。

9月9日の昼から妻が娘とN病院小児科に付き添い入院を始めました。
担当副部長先生の計らいで、乳児医療が切れる9月末まで、ゆっくり母子のふれあいを保ちつつ不安を取り除いていければいいと言うことらしく・・・泊まり込みでお世話を勉強しています。私はと言うと、平日は6時半過ぎから8時半くらい、休日は昼前から7時くらいまで妻と交代してお世話しています。妻もあんまり一人でやっていると煮詰まるしお風呂にも入りたいだろうし・・・・

なかなか慣れないこともあって大変ではありますが、妻もかなり笑顔が自然にでるようになり、今度の日曜日の夜にまずは1泊だけお試し外泊をすることになりました。(^^;)

娘は非常に元気に育っていて、今日でたぶん3600gを突破します。足以外には本当になんにも問題がなくて、未熟児の子が通常行う検査もあまり必要がないくらいまで色んな意味で成長してきているそうです。嬉しいことですね。

3ヶ月くらいしたら遠出も出来ると言うことだし、退院したら県内くらいなら移動できると思うので・・・・順番に病院を訪ねて足のことを相談しようと思います。
しかしやはり可愛いですね (^・^)
自分は子供好きなことはわかっていましたが・・・・やはり毎日会ってミルクをあげ、あやしておむつを替えて沐浴させて・・・・抱っこをしていたりすると・・・・本当に可愛くなってきますね。
なんだか親ばかになりつつある自分がいます。まあ、予想通りなんですが・・・・
ちまたではパラリンピックが開催されていて、新聞等にもでていますが、みんながんばっていますね。
僕らの今の目標は・・・・・両足欠損のかたとなんとかしてお会いして・・・・娘の足を切断するか否かを決断するために・・・・自分たちなりにしっかり考えたいと言うことですね。がんばらなくちゃ・・・・


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

保健所へ

2004-08-30 01:00:18 | 産まれてから受容まで
妻は、きょうはたぶん昼から保健所に行くようです。(^・^)
今頃になって、だいぶ前に僕が調べた情報や本等々を教えてあげています。(^^;)

娘は昨日時点で2892g 後わかっていない検査は頭部MRIのみで・・・・小児科医によると昨日時点で自分の所に緊急で回答がこないと言うことは・・・・大きな問題はないと思う・・・・とのことでした。

あとは・・・・染色体検査でも以上なかったし、目も耳も正常。脳波も頭部エコーも正常。
とりあえず、現時点では足以外は正常のようです。

あとは・・・・・・まあ、思ったより娘の症状がまれであることが・・・わかって・・・・
県内での小児整形の権威と言われる先生Oのセンターにいるんですが、メールで相談したところ片足の完全欠損でさえ、今までの医者人生の中で2例だけ見た程度だと言ってました。ちなみに今見て頂いている先生は乳児期のこの症状を初めて見るそうです。S県やS県には症例があるそうで、これもメールで問い合わせたんですが・・・・セカンドオピニオンをお願いしたいなと思っています。

まあ、読んで頂いてわかるとおり、かなり改善されたようにもいます。

やはり一緒に住んでいる中で、僕の考え方をゆっくりだけどつたえていけたことが大きいかなと思います。
また、やはり娘に会いに行った回数が増えれば増えるほど・・・・やはり母親の顔に妻がなっていくのがわかりました。皆さんに本当に助けられています。

私がしっかりしなくては・・と思う気持ちでつぶれそうになっている自分を支えてくれたのは、正直みんなからのメールだと思っています。改めて本当にありがとう。
そして・・・いつの日か本当に心から娘を連れて会いに行って、「かわいいでしょ!」と自慢出来る日まで・・・・もうすこし・・・がんばります。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

娘2892g

2004-08-29 23:55:42 | 産まれてから受容まで
今日、娘に会ってきました。2892gで、元気に育っていました。元気そうですね。可愛く笑うようになりましたよ。本当に。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

S県立センターのQ&A

2004-08-17 10:50:02 | 産まれてから受容まで
そういえば、SセンターのH.P.に以下のQ&Aが載っていました。僕らの子供の症状ととても似ています。参考までにつけてみました。「走っています。」ということが、今の私たちの救いです。

-------------------------------------
完全欠損で、大腿4頭筋も欠損している場合(全例内反足を合併します)は残念ながら膝離断が最良の方法です。

無理に温存しても手術を繰り返し最終的には不自由な下腿骨となってしまうからです。
昨年本センターでこの手術(膝離断)を行ったお子さんは今走っています。
将来も日常生活にこまることは無いと確信しています。

部分欠損で大腿四頭筋が効いている場合には、残存した骨をイリザロフ法で延長しています。これまで手術を複数回おこなってきましたが、成績良好で、患者さん、御家族の方の満足度は極めて高いものです。ということで、いずれにせよ希望を持って下さい。まず、欠損の状態を知ることが重要です。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小児整形外科医の話

2004-08-05 18:40:29 | 産まれてから受容まで
今日、小児整形外科の先生とお話ししました。以下はその要旨。

先生は乳幼児期の脛骨欠損をみたことがないらしいこと
生後半年は経過を見ないと膝の機能の診断は難しいこと
膝の機能が診断されないと、処置も決めにくいこと
ギブスをする方法もあるが、デメリットとして足の発育を妨げる上に、ねじれが治るような自信が先生にはないらしいこと

両膝の機能がない場合の症例も先生は経験なし・・・聞いたこともないそう。
脛骨が完全欠損している場合の腓骨中心化手術は日本では例がなくて、とてもむつかしいこと。
まだ、今後に脛骨の一部が出来てくる可能性もあるらしいこと、そしてその場合には延長化手術なども可能性が出てくること

SセンターとS病院がこの辺りだと小児整形外科がすすんでいること
県内ではコロニー時代から経験値が現役では一番高いのでH医師が一番なこと
娘の今後の検査は脳のMRIと聴力検査


・・・あんまり詳しいことも調べてくれず、はっきり紹介もしてくれず・・・どん底に突き落とされました。
しかも紹介してくれた医師やセンターは、まったく経験なしで、はなしをしても逃げるばかりで・・・・・・

今思うと・・・・このときのこの先生が・・・私たちを苦しめたような気がします・・・・・
 今思うと・・・知識はある先生なんだから・・・しっかり患者の気持ちになって話してくれれば・・・
 いろんな病院をせめて紹介してくれれば・・・あと少しだけ調べてくれれば。
 だって論文はこのときすでに書かれていたのですから、心身障害児総合療育センターで・・・・・・
 いまでも、納得がいきません。

 こういうことって大切と思います。
 人や家族の人生を変えかねないことです。
 心から、この先生が最初の主治医であったことを恨みます。
 かなしいけれど。これが我が家の不幸でした。

 だからこそ、このブログを続けなければという思いを強くしたともいえます。
 同じ目に遭わせてはいけない。その一心ですね。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

私の友人関係

2004-08-03 23:38:18 | 産まれてから受容まで
先週の日曜で1886gになりました。
もう自力で呼吸してミルクも飲めて・・・元気に泣いて・・・あと一息で病院を出られそうです。

とはいっても後1ヶ月くらいはかかるらしいですが・・・・
写真を貼付してみたので見てください。結構可愛いです。いやあ親ばかですね。

わたしは・・・・高校2年生まで・・・・ひとにぎりしか・・・友達いませんでした・・・・
ただ、人間は変われます。私は大学に行って一人暮らしを寮で初めて、だーれも知らないところで一から別の人格になりきってみました。

そうすると・・・・不思議なもので・・・・本当に人は変わるもんです。大学の前と後では、昔の幼なじみは変わりすぎだといって今でも冷やかします。変わったことによって昔はそんなに仲良くなかった幼なじみとも大学卒業してから仲良くなり、今は親友のようになっているやつもいます。友人はいつでもできます。

人はいつでも変われます。
でも・・・・・死ぬまで変われずに本当の友人もいなくて・・・・それに疑問も持たずに一生を過ごす人もたくさんいます。
人間の大きさは年ではなくて・・・・いろんなことを一生懸命考え、立ち向かい、もがき苦しみ、自分なりに受け止めた数で決まると思います。年を経たから大人なのではないと言うことが・・・・年をとってくるとわかるものですよ。

私は娘が私たちの子供に産まれてきてくれたことによって、僕ら夫婦が一緒にそれに立ち向かい、苦しみ、受け入れ、無償の愛を注ぐという絶好の機会を与えてくれたと思っています。
こういう風に考えていくと、これを乗り越えることによって僕ら夫婦は共通の困難を乗り越えて団結できるし、相互に理解し合えるし、自己も高められるし・・・・頑張ればいいことばかりです。
もちろん娘に精一杯の無償の愛を与え続けつつ、いつも笑顔でいる・・・・と言うことは大変ではあると思いますが・・・・ね。

やはりあれから考えたのですが、3つくらいは病院を回って検討して・・・・左膝の機能が残せそうなら・・・・内反変形を直して切断はとりあえずしない方向で行こうかなあと考えています。
本当に色々悩みが多いですが・・・頑張ります。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする