父の生い立ち
旅行中に聞いた、父の生い立ち
忘れないように、書き留めておこう
昭和15年生まれの父
お父さんは、なんだか大きな家の長男で、お母さんも地元の大きな商売屋の一人娘
順風満帆の人生のはずだった。
お父さんは先生?だったのかな。
お父さんがまずは、戦争に召集され、体調を壊し帰国
その後、すぐに父から見て祖父が死亡、41日後に父からみて父も死亡。
結核だったらしい。
その頃には父は7歳、上に一人、下に一人、女の兄弟がいて、母は当時としては学歴高く。
父が死ぬ前に東京に出て、働いていて
地元にいまさら戻るわけにもいかず
親戚を頼り転々としながらの子供時代立だったらしい。
父も叔母さんの家などに居候しながら高校まで、大学は必死で同志社に入り、バイト三昧で自活
卒業する頃には、父の姉が結婚していて。
その旦那さんのつてで国会議員の秘書見習いとして一年に満たないくらい働いたらしい。
結果、合わなくて
国立大学の職員になり、そこで定年まで
一度、命令で転勤したおかげで、帰ってきた際には優先的にいい条件の官舎に入れたらしいが、そのせいで母はかなり酷いいじめを受けたらしい。
知らなかった。
父の昔はなんだか、悲惨そうで。
地元にあるホテルに泊まろうとしたら、知り合いに合いそうだからどうしても嫌だというので、やめたくらい。
たぶん、かなり嫌な思い出と繋がっていそう。
話してくれないからね。
根が深そう。
母とは、市のお見合いサービスで知り合ったらしい。
恋愛じゃないんだね。
母が看護師、助産師だったから、写真を見て自分のお母さんに似ていたから選んだそう。
なるほど、それを聞いた我が母の思いはいかほどのものか、想像するときつそう。
そういうところが、看護師助産師の資格を母のアイデンティティにしてしまう一つの要因になってるなぁ。
言い方がね。悪気もないんだけど、つまりは好きだったとか惚れたとかじゃないと公言しているから。母はきついわ。
なんだか。
照れ隠しなら重罪。本当なら悲しい話。
聞いててがくぜんとしました。
うーむ。
なんか、父のお姉さんが歪んでるのではなく、父自身が歪んでいるような気がしてきた.
アダルトチルドレンだな、父も母も.
うーむ。
うーむ。
夜景もきれい。
我が家のハロウィン