国営ひたち海浜公園が無料開放をしているというので、ウォーキングを兼ねて見に行ってきました。
全体の面積の半分くらいが解放され、残りの遊園地を含む部分は、まだ閉鎖していました。観覧車を始めジェットコースターなどは動いていましたので、たぶん調整中だったのではないかと思います。
西ゲートです。此処は、元は飛行場で戦後は米軍が射爆練習場として使っていたところです。それで、翼をイメージした入口に作ってあります。
水仙が花盛りでした。
松林の中にまで水仙の花壇が広がっていました。
同じところでも、すこし経ってから行くと作りが変化しています。以前はこういうところはありませんでした。
そしてネモフィラの丘。幼稚園生が遠足に来ていました。
チューリップは満開でした。
花いっぱいの日でした。
今日は回数は少ないですが、余震がまだあります。このまま先細りのように消えて行って欲しいと思うのは誰も同じこと。なかなかそうならないですが、なって欲しいです。
わが家の桜も、染井吉野が咲きました。これは昨日の桜です。
こちらが今日で、ほぼ満開になりました。ここに来て急に暖かい日が続いていますので、桜もパッと咲きました。
この木は大木で、それは見事に沢山の花を咲かせていたのですが、テングス病にやられて枯れたので、太い幹は切り倒したのですが、根元や途中から枝が生えだしたので、形は整いませんが、そのまま生やしておいたらだんだんきれいに花を咲かせるようになってきました。復活です。
昨日、コブシの大木の遠景を出しましたが、コブシがなかなか見られない地域もあるようです。幸い、今日のウォーキングで背の低いコブシが見つかったので、撮ってきました。
まず花弁はこのようになっています。直径はマグカップの口径くらいかなと思います。こぶし(拳)を握ったくらいの大きさです。
このように咲いています。もっと大きな写真なら枝の様子も分かると思いますが、枝はほんの少し青みがかっています。ザラザラごつごつした木肌ではありません。
千 昌夫の 「 北国の春 」 の歌詞から判断すると、コブシは北国の木のように思われます。しかし、ウィキペディアによりますと、九州、本州、北海道および済州島に分布とあります。
夕方の団地遠景。
----------------------------------------------------------------------
読売新聞 から
「此処(ここ)より下に家を建てるな」
東日本巨大地震で沿岸部が津波にのみこまれた岩手県宮古市にあって、重茂半島東橋の姉吉地区(12世帯約40人)ではすべての家屋が被害を免れた。1933年の昭和三陸大津波の後、海抜約60メートルの場所に建てられた石碑の警告を守り、坂の上で暮らしてきた住民たちは、改めて先人の教えに感謝していた。
「高き住居は児孫(じそん)の和楽(わらく) 想へ惨禍の大津波」
本州最東端の魹ヶ埼(とどがさき)灯台から南西約2キロ、姉吉漁港から延びる急坂に立つ石碑に刻まれた言葉だ。結びで「此処よりーー」と戒めている。
地区は1896年の明治、1933年の昭和と2度の三陸大津波に襲われ、生存者がそれぞれ2人と4人という壊滅的な被害を受けた。昭和大津波の直後、住民らが石碑を建立。その後は全ての住民が石碑より高い場所で暮らすようになった。
地震の起きた11日、港にいた住民たちは大津波警報が発令されると、高台にある家を目指して、まがりくねった約800メートルの坂道を駆け上がった。巨大な波が濁流となり、漁船もろとも押し寄せてきたが、その勢いは石碑の約50メートル手前で止まった。地区自治会長の木村民茂さん(65){幼いころから『石碑の教えを破るな』と言い聞かされてきた。先人の教訓のおかげで集落は生き残った」と話す。
(2011年3月30日07時22分 読売新聞(ネット)から)
温かくなってくると歩くのがちょっと辛くなります。歩くと暑くなります。出だしは寒いくらいなので、ちょっと厚着のままで出かけるのですが、そのうちにお日さまがじりじりと暑く感じるようになり、汗をかきぐったりして疲れます。そのうちに慣れてくるかと思います。
枯れ木の隣に満開のコブシの花 ( ウォーキングの道からの眺め )
今日ひとつ新しいものの発見
池の水がぬるみ金魚が元気になってきました。
水のゆらめきのおもしろさ
夕陽を浴びた雲
まだ咲いてた
春のめだか雛の足あと山椒の実
それらのものの一つかわが子 中城ふみ子
わが子も春のいろいろなもののなかのひとつなのかなぁ
一か月も経つのに、まだ余震が続いています。しかも時にはかなり大きいのが。私の地域は地震の心配と原発の心配と二重に心配がのしかかっていますので、たいへん疲れます。
じゃが芋を植えている農家がありました。私の畑の隣で植えていた人は、トラクターで高畝をつくり 肥料を与え
ジャガイモを植え
マルチを張り
土でマルチを固定というのを一気にやっていました。そして、あとになって芽がでたら、その部分のマルチを破って穴をあけるという方式でした。
一方、この農家の方式は、まず畝を立てると同時に施肥をして マルチを張り
土でマルチを固定というのを先にやっておき
後日にこのように穴を開けながらじゃが芋を植えるという方式です。この方式ですと、芽が出る前にマルチに穴が開くという方式になります。
さて、私の畑。玉ねぎは寒さの為に枯れて溶けちゃったものもありましたが、大きいのはこれくらいになってきました。もう大丈夫です。
柿の木が年々寝てきてしまい、通路を通るのに頭を枝で突っつかれたりするようになってしまいましたので、思い切ってトラクターで引っ張り起こしました。
あまり起こすと根が折れてしまうので、ほどほどにしました。ただ、寝たら寝たなりに枝が横に伸びるものですから、起こした分、右側の枝が垂れさがってしまいました。が、下がった方は通るわけではないので、いまのところは良しとしています。夏になり葉が茂ってくると、どのようになるか。その時に処理の仕方を考えようと思っています。
それにしてもトラクターは、いろいろなことに使えて便利です。多少のことなら重い植木もずるずると引っ張って運ぶこともできます。
月やあらぬ春や昔の春やらぬ
わが身ひとつはもとの身にして 在原業平
月も春も昔のままではないのだろうか
私の身も心ももとのままなのだが
千波湖に花見に行ってきました。まだ満開にはちょっと早かったです。
建物は県立近代美術館。
花粉症にはならないのかな。ハクチョーンなんてね。
枝は水を求めて・・・。
黒鳥親子。子どもは素行が悪い。グレている。灰色。
昨日は混雑したんでしょうね。今日は月曜日ですから、歩きやすかったです。
留守番役。あまりあてにならないけど。
今日は落ち着いて家にいます。敷地の外に出たのはウォーキングだけです。昨日は雨で一昨日は強風でと、二日間歩くことができなかったので、今日は少し遠回りをしました。たくさん歩くと芦じゃなかった、足に悪いかもしれませんので、用心しました。
芦と漢字変換したので気がつきましたが、足は芦のように弱いのかも知れません。また弱そうで強いところもありそうです。ですので、注意することが大事なのかななんて、ふと思いました。
わが家の桜が満開になりました。まだ若い木 - といっても見上げる大きさですが - なので枝が少ないです。
今日は自宅で見上げて花見です。口の中が乾くと思ったら開けたまま見上げていました。
ソラマメが大きくなってきました。白い部分は光のいたずらです。花はまだ咲きません。ことしは、種をまいたのですがほとんどでませんでした。それなので、苗を買ってきました。その苗を買った帰りに大地震に会ったのです。もし、買いに行かなかったら地震はおこらなかったかも。
その苗も、寒さのために何本も枯れました。
甘食だいすき。中身は腹の中。
カタクリも咲きました。私はカタコリ。
沈黙の春 レイチェル・カーソン
自粛の春 日本国民
放射線の春 農村漁村・半径?km
ボランティアの春 皆さん
自粛の春 日本国民
なにくその春 仝
立ち上がる春 仝
今日は一日中小雨です。大風で乾燥した後なので、なんとなくシックな落ち着いた日でした。世の中自粛ムードで何となくパッとしなく、自閉的な気持ちでいましたので、お昼を食べに出かけようということになしました。
しかし、私の地域は田んぼや川や湖などが多いところですから、丘を走っている分には良いですが、水の多い地域に行くと、まだ橋が復旧していなかったり、道路も閉鎖されているなんてことにもなりかねません。
20kmくらい北にある古い町に蕎麦を食べに行きました。ここがそば屋です。
この町 常陸太田市 は、秋田に国替えされるまで数百年の間、源氏の一党である佐竹氏が治めていた町です。江戸時代になってから、水戸黄門さんが隠居した処で有名です。
店はこのようになっています。銀行だった建物だそうです。19世紀後半に建てられたものだとか。
蕎麦はせいろの鴨南蛮のつけ汁でしたが、蕎麦もつゆもとびっきりおいしいものでした。
神棚もありました。お代りしたかったのですが、少し足りないくらいにしておいた方が、おいしい余韻を持ったまま帰れると思って我慢しました。
店の中から。隣との境の壁には瓦煎餅くらい薄い瓦が・・・・。
そば屋の隣にも、レトロな建物が。ここはフランス料理だそうです。今日は休みだとか。次はここだなー。
帰りに見つけた鯛焼きではなくて鯨焼き。うまかったー。
てなことで、けっこうな雨の日でした。
あ、それから、通れない橋がありました。閉鎖されていた道路がひとつ。それに古すぎて廃墟になっていたのか、崩れてしまった家が二軒ほど。そのうち一軒は、作業場として使っていたような感じがしました。
朝から風が強いです。南の方からの風ですから、放射線は風に乗って来にくいと思います。午後2時の水戸気象台の報告によると、南西の風で気温が18.6度、湿度47%、風速7.1mだそうです。乾燥しています。
予報では雨になるというのですが、早く雨になってほしいです。でないと廊下に砂漠が出来てしまいます。
勤皇か砂漠かなんちゃって。あ、あれは佐幕でしたっけ。近藤勇がでてきたり、鞍馬天狗が廊下でチャンバラを始まられてもこまりますからねえ。「 杉作、大丈夫か?」 「あっ、鞍馬天狗のおじちゃん、おいらずっと待ってたんだよ。」 なんてね。 子どもの頃、映画館で手に汗を握って、夢中で見ていましたっけ。 鞍馬天狗が馬に乗って現れると、みんな拍手したっけ。おっと、脱線。
写真では分かりませんが、景色が黄ばんで見えます。すごい埃です。
隙間から、ゴミが入ってきています。もちろん、砂もはいってきています。風が止んだら大掃除になりそうです。吹き溜まりには砂埃がかなり溜まっていました。
埃っぽいし、道路を歩くと危ないと思って家の中で過ごしていましたが、運動不足になるので歩行機を使って歩いてみましたが、30分で飽きてしまいました。テレビを見ながらでも、実際に歩くのと違って退屈してしまいます。それでも歩数計では3,000歩以上になりました。
アンズの花も咲きました。苗を植えてまだ二三年にしかなりません。今年はぜひ実がなって欲しいです。
若いうちならともかく、年をとってくると庭木とか盆栽に関心が出てくるのですが、関心ゼロというわけではありませんけど、やっぱりおいしい実のなる木の方が私は関心がありますね。松の木など何本良いのがあったって、私には猫に小判みたいなものです。大人になりきっていないんでしょうね。
勤皇も砂漠もありゃしねえ 風よ早く止んでくれ
放射線より風のほうが まだ良いか
一日中 じっとしてても 腹は減る
時々強い地震が起こります。余震というのか、ただの独立した地震なのか。たぶん余震の一部だと思います。先ほども畑にいたら地面が揺れ、近くの家々がガツンと揺れる音がしました。
保育園では黄色い声が聞こえ、保母さんの甲高い声が聞こえてきました。せっかく泣きやんだ子もまた泣き出す始末です。被害はなかったようです。
スナップエンドウとサヤエンドウに手を立てました。シイタケの原木を取るのに切った木の枝です。副産物です。まだまだありますから、必要な方は取りにきてください。
さっそく鳥が来て羽を休めていました。これはなんという鳥でしょうか。
拡大すると、こんな模様です。
地震の跡を見つけました。これは電柱の根元です。隙間ができています。どの電柱もこうなっているというわけではありませんでした。
草むしりをしていて見つけました。
草むしり 地震の爪あと じっと見る
冬を越えてきた葉と新芽です。この葉は枯れ葉です。まだ枝についていました。
まだちらほらですが、わが家にも桜が咲いていました。彼岸桜系だと思います。桜が咲いたのでわが家にも春が来ました。
春が来た 遊ぼうというと遊ぼうと言って子どもが遊びに来た
春が来た 今日はピカピカの一年生の日だ
春が来た もんしろちょうが二匹飛んでいた
春が来た バッハのプレリュードを聞いた
春が来た 放射能はまだ減っていない
この頃は力仕事ばかりやっているような気がします。石割りに石運び。今日は重い木をひっくり返したり運んだり。まったく、疲れる春です。俳句の季語に「疲れ春」と言う語を加えて欲しいですよ。
疲れ春 今日も気になる 放射能
冬の間に伐採しておいた原木に、シイタケ菌を入れて日陰に運びました。およそ30本です。
商品として売っている原木ではありませんので、曲がっていたり長かったり短かったりです。幹のどこに枝がでているかとか、ここを切ってしまうと、その先が半端な長さになりもったいない、なんていう加減を考えながらですから、自ずと長くなったり短くなったりです。要は椎茸が出てくれば良いわけです。形の悪い原木には形の悪いシイタケが出るというわけでもないし。
烏骨鶏は金網の上にまた網をかぶせられてしまっています。野鳥の侵入 ー 主に雀ですが ー を防ぐためです。
細かい目のネットは防風ネットです。ちょっとでも隙間があると餌を食べに侵入してきますから用心しなければなりません。
この花はよく今頃道端などに見かけますが、ヒメオドリコソウというのでしょうか。
この、コンニチワーとでも言っているような小さな花が今年も芝生から出てきて咲きました。あっちこっちに咲いています。きれいなので、抜かないでそのままにしてあります。
春風吹いたら花が咲く 私の鼻には洟いっぱい
春になったら涙にもろく 楽しい時でも涙でる
人を泣かすにゃ悲しいドラマ 杉は花粉で人泣かす
春風吹くなら南風 北風吹くな放射能
今年の春は花見は無しじゃ 震災被害ぞ自粛せよ
想定外とて逃げよとするな 逃げる奴らは追いかけろ
地震のあとは、世界が変わったような気がします。まるっきり変わったのではなく、どこか変だなというような変わり方です。
心当たりを少し・・・。 まず、地震の数日後に医者に行ったときに血圧が高かったです。すると医者は「みんな高いのです」と言いました。大なり小なり地震が体や心に影響しているようです。
ガソリンが買えなかったり、通れない道路や橋があったり、物が不足してスーパーの棚がガラガラ空いていたり、電車がまったく通らなくなったり、いつも交通量が多い道路が気持ち悪いほど車がすくなかったり、店があちこち仕舞っていたり、まだ開かない店もあります。もっともっとあります。
そういう中で、きょうは隣の工務店で来て、倒れた石塀の片づけをやってくれました。今日は残りの半分がおわりました。風景が変わりました。変な感じです。
これからは、この塀のあとはフェンスにしようと思っています。生垣にすると、長さがありますので剪定が大変になりますから、その手間のかからないものにします。
すると、前の方ですごい煙があがっているではありませんか。すわ火事だ。と急いで行ってみると林が燃えています。
消防車がなかなか来ません。近くにいた人は誰も興奮して、なぜ来ないんだと叫んでも来ません。
そのうちにどんどん火は近づいてきます。あ、わが家からは離れている所でした。
やっと消防車が一台来ましたが、そのあとが続かない。なぜなんだと、みんなが焦っていました。すると、若い消防士さんが「今日は火事が多く、三件あってその消火に行っているので、沈下はしても遠方なのでここまで来るのにじかんがかかっているんです」とのこと。それじゃどうしようもない。
火は道路まできました。ここより先は燃えるものが無いので、類焼はないですが、もっと前方には燃えて行く心配があります。
そうこうしているうちに、後続隊が次々と到着し、間もなく沈下しました。驚きましたね。 大いに変なことが起こります。なので、 「 大 変 」 ということに。
この頃は、こういうところがあちこちにありますので、火が付いたらあぶないです。
地震のあとは雷がなり、火事があったので、残りはオヤジの恐ろしさです。しかしこの頃は、オヤジの格はだいぶ下がっちゃった人も多いようですから大したことが無い。つまり、あまり恐ろしくない。むしろ、オヤジよりかあちゃんの方がおっかないですね。
新しい言い方 地 震 ・ 雷 ・ 火事 ・ かーちゃん
道路は車が多くなりました。店の駐車場も車が多くなりました。少しずつ以前の状態に戻りつつあります。しかし、戻らないのが心の傷です。以前として大きな心配の種は解決していません。むしろ、どうなるのかの心配の方が日に日に強くなります。
用事があって出かけたついでにと思って店に立ち寄ったら、ちょうど折れたレンズの後釜に良いかなというのがありましたので、胃腸がひくりかえるかと思うほど迷った末に買ってしまいました。そもそも、ちょうど良いのがあったのがいけなかったのです。悪いのは店の方です。
今までのは35mm~105mmでしたが、今度のは18mm~135mmでデジタル対応・手ぶれ防止付きのものです。CANONの場合はフィルムカメラのオート・フォーカスがそのままデジタルに使えるというので、カメラ本体だけデジタルにして、レンズはフィルム・カメラのレンズを使っていました。今度で初めてのデジタル対応のレンズになりました。
広角が18mmですので、かなりワイドに撮れるのが楽しみです。作品は下手くそですが、少しでも性能のよいものが欲しくなる素人のあさましさ丸だしです。
サヤエンドウだったかスナップエンドウだったか分からなくなってしまいましたが、これくらいまで育っています。撮ってからまもなく檜の葉っぱは取り除きました。
そろそろ、背丈くらいの高さの木の枝を脇に立ててやろうと思っています。あまり高くすると実が撮れませんので、背丈くらいまでです。
温かくなってきましたので、こういうのが這い出してきました。匂いを出させないようにと、そっと袋の口を近づけて、エイヤッと一気に入れたらパッと口を閉じてしまいます。あとは丸めてゴミ箱に。
こいつは、けっこうワルでして、いろいろなものをカジり散らかして野菜の品質を極めて悪くします。大豆などさっぱりおいしくなくなってしまいます。おまけに殺虫剤に強く逃げ足が早い曲者。
閉じ込めてしばし楽しむへっぴり虫
クリスマスローズが満開です。今ごろ咲くのにどうしてクリスマスという名前が付いているのかなといつも思います。理解にクルシミマス。
おもしろきことなき世をおもしろく 高杉晋作
ひとつの石をおもしろいと思えば何でも面白い ロバートソン
人の欠点を見つけるのはおもしろい 猛 子
むかし「おもしろブック」と言う少年雑誌があった 高松新作
白い犬は尾も白い 仝
おもしろきこと多き世をよりおもしろく 仝
暗いニュースに暗い空。あまり良い日じゃありませんね。それにうす寒い。
用事があって出かけたのですが、ガソリン不足の反動のせいか、それとも遠くでの楽しみが不安なせいか、町はくるまだらけで時間の無駄な消耗が多いとみて、仕方なしに観念して帰ってきました。
私の家の脇の右は車一台しか通れない、ほんとに狭い道路なのですが、車の往来や人の行き来がけっこうあり、そう淋しい道でもありません。特に、こういう若い女性が自転車で通ったりして、なかなかのどかな平和な感じのする雰囲気があります。そういう雰囲気はいつまでも続いて欲しいと思っています。
この灯篭も地震でバラけてしまいましたが、なんとは一人で拾い上げ積み上げて見ました。まだ微調整が必要なようです。
でも、私の性格としては少しずれがあったほうが面白さを感じるのですが。完全無欠というのは、どこか面白みがない。写真もカレンダーの写真のように、きれいばかりでは面白みを感じなくなりました。という言い訳でした。
小さい石だと思って簡単に直せると思っていたところ、いざ持ち上げて見ると重いの何のって驚きました。重い思いをしましたゾ。
あとから地震の被害が少しずつ分かってきます。一眼レフのレンズがやられました。レンズはけっこう重いので折れたんでしょうね。よーく見るとネジが入り込んでいるプラスチックが割れてしまったようです。修理不能です。出せば修理してくれるとは思いますが、たぶん買った方が安いくらいになるかもしれません。
35mm~70mmですから、ちょっと半端かなと不満に思っていたので、あとで買い直してみようと思っています。これはカメラに標準装備されていたものです。
男は理屈を並べても、女の一滴の涙にはかなわない ヴォルテール
男は屁理屈を並べても、女の一喝に縮こまる 朴 訥
男は馬鹿力を出せても、その力は女に出させられているにすぎない 仝
盤石の構えであっても、いざとなれば「想定外」なものに崩される 仝
自然を操っているという思いあがりは、またたくまに津波に呑まれてしまう 仝
楽をすればするほど、それだけ危険を伴う生活をするはめになる 仝
今日の気温は午後4時半頃で16℃くらいでした。ずいぶん暖かくて春らしくなりました。これくらいが本来なのかどうか、分からなくなってしまいましたが、まあこれくらいが暮らしやすいです。
あとは風向きです。南風なら温かいし、東風なら寒いくらいになります。北北東の風は絶対に今は吹いて欲しくありません。放射線が風に運ばれてくる可能性があります。できれば万人の為に、誰も住んでいない海の方に流れるように西風にして欲しいです。もっとも、出来ることなら放射線はゼロに戻って欲しいのですが。
梅はまだ満開のものがけっこうあります。今年は花の数が多いので、豊作かもしれませんが、まだ生ってみないと分かりません。そううめえ話でもないかも。
雨が降ったので、椎茸ができていました。原木がどんどんだめになり、原木の数はありますが、出るものは少なくなりました。
しいたけこれだけ?。
バター炒めにしてもらいました。久しぶりでおいしかったですよ。
人つきあいがうまいというのは、人を許せるということだ。 ロバート・フロスト
人つきあいそれは楽しくむずかしい
菜の花の向こうで遊ぶこどもたち
春はこここことおもへばまた向こう
春はここここと思へばすぐに冬
春が来てすぐ夏秋と冬になり 当たり前だ
うぐひすよ畑の梅は満開だ
巡るという文字なんとなく温泉マークに似ているぞ
テレビを見ていると、相変わらず被災地からの報告と故障した原発の不手際処理のことばかりやっています。また一方、芸能人のバカ話の番組が増えてきました。コマーシャルもほとんどが AC の CM で、それは相変わらずですが、ほかのものも増えてきたみたいです。まあ、国全体がしょぼんとしたままでも、いつまでも立ち上がれませんからね。
やっと暖かさが寒さを打ち負かしてきたかなと思えるようになってきました。まだ油断はできませんけどね。私の地域ではゴールデンウィークが過ぎるまでは霜の心配があります。まれにそれ以後もありますけど。夏の暑さと冬の寒さがいつまでも尾を引いて、どちらも長すぎます。
まだ雑木林は冬の風景です。木はもう芽がかなり膨らんでいるとは思いますが、もう少ししないと芽の色が分かりません。
ジャガイモは芽を取ってもとってもあとから出てきます。やはり時期ですからね。これは種用ではありませんで、食べるために取っておいたものです。
ジャガイモはウィルスに感染している可能性があるので、自家製のものは種芋にはしない方が良いと言われています。早く収穫したくて自家製のものを種芋にしたことがありますが、その時は大丈夫でした。
しいたけの原木はこれくらい用意しましたが、まだ菌を打ち込んでいません。いろいろと細々と雑用があって、なかなかまとまった仕事を始められません。
間伐をしながら原木を確保していました。しかし、ナラやクヌギは伐採をすると根からまた若芽が出て木になるはずなのですが、間伐の場合は多くは大きな木の日陰になります。すると、元気な大きな木になる確率がかなり悪くなります。
この原木にした木は、何年くらい前になるか分からなくなってしまいましたが、その芽が出ずに枯れてしまい、木のない場所が多くなってきたので、種を蒔いて苗を作り植えた木です。初めての伐採になりました。
こなた思へば千里も一里
逢はず戻れば一里が千里 山家鳥虫歌
こなた思へば千里も一里
そんな昔はとうに忘れた 山里焼酎歌
こなた思へば千里も一里
今じゃバカげて嘘でも言えぬ 仝