東京医大が受験の際に女子学生と3浪以上の男子学生を差別したことが社会問題になっています。
単純に「男女差別は違法」と騒ぎ立てるメディアが多い中、週刊ダイアモンドの記事はその深層をよく説明していて感心しました。
その根っこは「医師の職場はブラック企業」という現実。
息を切らせて働く肉体労働ではありませんが、とにかく拘束時間が長い。
朝から晩まで働くのは一般の仕事と同じです。
しかしそこに連続勤務として当直が重なります。当直では救急患者対応で眠れず、当直明けも事務職員や看護師のように帰宅できず働き続けます。
一般勤務の他に「ポケベル待機」あるいは「オンコール」という緩やかな拘束勤務があります。
私は小児科医ですが、小児科では2〜3日に1回程度。
「オンコール」では、急患や入院患者の急変があると呼ばれ、30分以内に駆けつけなくてはいけないという不文律がありました。
つまりその晩はアルコールは御法度、家族で食事に外出することもためらわれます(途中で呼ばれるとまずいので)。
しかしこの「オンコール」、呼ばれない限り勤務時間に数えられません。
こんな勤務を、子育て中の女性医師がこなすことは困難です。
医師の数は事務職員や看護師より少ないので代わりがいません。
休むと他の医師にそのまま負担がかかります。
私の後輩の女医さんは「勤務途中で妊娠・出産すると同僚の医師に迷惑がかかるので、私は今年は休職して妊活します」と宣言して実際に休んだことを鮮明に覚えています。
彼女はめでたく予定通りに妊娠出産、数年後に仕事に復帰しようとしましたが、熟考の結果、病院勤務医の労働環境は子育て中は無理と判断し、思い切って開業しました。
なぜこんな「ブラック企業」的労働環境がまかり通っているのでしょうか?
その要因は3つあると私は思います;
1.無意識のうちに医師に滅私奉公を強いている「医術は仁術」という社会通念。
2.勤務医にはその場から立ち去る「開業」「フリーランス」という選択肢がある。
3.勤務医の長時間労働は労働基準法に抵触していないらしい。
というわけで、今回の議論が「受験で女性差別した大学我が悪い」に終始せずに、医師の労働環境を改善するところまで深まって欲しいと切望します。
ちなみに、私の所属する大学の医局では「女性医師は就職して5年間に8割が姿を消す」と人事担当者を悩ませていました。
もう15年前の話ですが。
□ 「東京医大の女性差別を医師の65%が「理解できる」と答えた真の理由」
奥田由意(ダイヤモンド・オンライン、2018.9.3)
◇東京医科大学の入試における「女子受験者一律減点」の背景には、医師の苛酷な職場環境があった
東京医科大学が医学部医学科の一般入試で女子受験者の得点を一律に減点し、合格者数を制限していたことが判明。大きな反響とともに、女性差別への批判を呼んだ。しかし、問題はそれだけにとどまらない。女性医師対象のウェブマガジンjoy.netを運営する、医師向け人材紹介会社エムステージが、同サイトの会員を中心に緊急アンケートを実施したところ、今回の大学の対応を「理解できる」「ある程度は理解できる」と回答した医師が65%にのぼったからだ。回答からは、いま現場で求められている働き方では、女性医師が出産を経て働き続けることはきわめて困難であるという実態を反映するかのような、諦めの声も多く聞かれる。なぜ優秀な女性医師が差別を受け入れるような回答をするのか、大学病院の働き方の実態についてレポートする。
◇過半数を超える医師が女性差別を「理解できる」「ある程度理解できる」と答える衝撃
医師向け人材紹介会社エムステージが、8月上旬に女性医師を中心に行った「東京医科大学入試での女子一律原点に関するアンケート調査」。同調査で医学部に入学する女性の数を制限することを18.4%が「理解できる」、46.6%が「ある程度は理解できる」と回答し、「理解できない」「あまり理解できない」という意見を大きく上回る結果になった。
「理解できる」「ある程度は理解できる」とした人の自由回答では、「そういうものだと思っていた」「そのつもりでトップ層に入るよう勉強してきた」「自分も妊娠中や育児中にまわりに負担をかけていたので理解できる」という意見が散見され、女性差別が所与のものとされている現状が明らかになった。
また、「体力的にもきつい当直の穴埋めをするのは非妊娠女医と男性医師」「独身女医としてはママ女医の仕事を全て被っている。女医の数を制限した方が職場は上手く回ると思う」、「女性医師はマイナー科(眼科や皮膚科)に偏りがち」という声もあった。
もちろん、差別を受け入れている当事者がいるくらいなのだからしかたがないのでは、ということでは断じてない。調査を実施したjoy.netの編集長岡部聡子さんは、これまで同サイトの取材で120名、医師担当のキャリアプランナーとして100名、計220名にのぼる女性医師と向き合ってきた。
想像を絶するような努力を重ね、出産し、子どもを育てながら、当直もオペもこなす女性医師もいる。そして、彼女たちを支えてきた男性医師、独身医師や子どものいない女性医師もいる。出産後職場復帰したくても、出産前と同様に働けないことで諦めたり、「マタハラ」に泣き寝入りする医師もいる。また、差別を断固許さないと考える医師ももちろんいる。
岡部さんは、むしろ女性医師たちの側で「自分たちはこうした状況が当たり前だと思ってやってきたけれど、社会の反響を見ると、私たち自身が当たり前だと思うことも問題だったのでは」と、改めてショックを受けている医師が多いと言う。
また、岡部さんは、妊娠中の医師、子どもや要介護者がいる医師が働きにくいような、長時間労働を強いる大学病院での勤務の実態があまり一般に知られていないとも嘆く。せっかく医師になっても、35歳時点で24%の女性医師が離職しているという厚生労働省のデータもある。
◇大学病院勤務の過酷な実態 32時間連続勤務でも労基法は適用外
勤務医には、大きく分けて5つの業務がある。
病院に来る外来患者を診る「外来」、主治医として入院患者を診る「病棟」、内視鏡や心臓カテーテル検査といった「検査処置」、外来系の医師であれば「手術」、そして輪番で夜間の患者の容態急変や救急患者に対応する「当直」だ。主治医としての「病棟」業務の中には、勤務時間外であっても担当患者の容体急変時などに駆けつける「オンコール」対応も必要となる。
そして、意外に知られていないのは、労働基準法が一般企業と同じようには適用されていないことである。長時間労働の上限は実質ないに等しい。例えば、オンコールや当直業務は実作業時間より待ち時間が多い「断続的な業務」であると解釈されて、労働時間の規制対象外となっているのだ。
当直の場合、病院に泊まって当直業務をこなしたあと、当直明けもそのまま翌日の夜まで働き、場合によってはオペさえも担当することがある。「32時間連続勤務が常態化している病院も多い」と岡部さんは言う。
株式会社メディウェルが2017年10月~11月にかけて1649人の医師に行ったアンケートでは、当直後も82.5%が通常勤務をし、32時間以上の連続勤務を行っていると回答している。また、2017年に「全国医師ユニオン」が勤務医に実施したアンケートでは、タイムカードなどで労働時間が管理されていると答えた大学病院の医師はわずか5.5 %だった。
朝も早い。外来が始まるまえに「カンファレンス」といって、症例報告会などを行う。
このように一般企業以上に長時間労働が当たり前の現場で、しかもそれが、労働基準法で適法とされているのである。
加えて「応召義務」といい、「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」という法律がある(医師法19条)。70年前の1948年に成立した法である。
このような長時間勤務を前提として、「成績優秀な女子より、男子で洗脳しやすい元気なバカのほうが役に立つ」などと言われたことのある女性医師も決して少なくない。
◇バイト代のほうが常勤先の給与より高くなることも
過酷な業務であるにもかかわらず、大学病院の勤務医の給与は低い。若手医師であれば給与も手取りが月20万円程度であるのはざらで、自分が勤務する大学病院で寝ずの当直をしても手当ては一晩で5000円のところさえある。
さらには大学病院には有給のポスト自体が少ないという問題もある。大学病院は臨床を通じて学ぶ、研究をする場でもあるということを論拠に、「無給医」も数多く存在している。出産や育児などで一時職場を離れた女性が大学病院に戻る場合に、有給ポストがなく無給医として働くこともあるのだ。
ただし、常勤の大学での給与は低いものの、市中病院やクリニックなどで非常勤としてアルバイトをする場合、週1回の勤務だけでもある程度の収入にはなる。そのため、勤務医や無給医は多忙な勤務の合間を縫って市中病院やクリニックなどで非常勤のアルバイトをして収入を補填するしかない。
◇医局が持つ強力な権限に逆らえない医師ならではの事情
大学病院での勤務がきつく、非常勤の市中の病院やクリニックの給与が高いなら、最初からそちらに就職すればいいと思うかもしれない。しかし、国家試験を通った医師は、必ずしも自分が卒業した大学でなくてもよいのだが、大学病院の医局に属して研修を受けるのが普通だ。大学医局や大病院でないと、専門医の受験資格が得られないなど、医師としてのキャリアが積みにくいという実態がある。
また医局は強い人事権を持っており、たとえば、医局とけんか別れした医師はその大学だけでなく、系列病院や関連病院すべてから事実上排斥される。とくに地方で有力な病院が少ない場合などは、医局から見放されれば、その地方ではやっていけなくなることもままある。
例えば開業したり、市中の小さなクリニックで働いていたりして、専門病院に紹介しなければならない患者が来たとき、医局との関係が悪ければ、「あの医師の紹介患者は受けるな」と医局から市中病院に司令が出て、患者の受け入れ先病院がないということも起こりうるからだ。
専門医の資格をあえて取らず、医局に属することも選ばず、非常勤バイトだけで生活する医師もいる。出産、育休などで大学病院に復帰できず、そのような働き方をしている医師も多い。
しかし、「非常勤バイトだけで生活できてしまうことで、ますます大学病院での長時間労働が改善されないことにもつながっている」と岡部さんは指摘する。「低賃金かつ24時間365日対応でプライベートを犠牲にして働くか、非常勤バイトか、だけでなく、その間に多様な働き方があってもいいはず」と岡部さんは言う。
◇複数主治医制、タスクシフトなど「解」自体はあるが進まない虚しさ
ではどうすればよいのか。もちろん一朝一夕に解決できることではない。
医師不足と言われるが、年間4000人の医師が誕生しており、実際には医師は偏在している。そして日本は8400と世界一を誇るほど病院数が多いために、各病院が総合病院として複数の専門の科を持つと、医師を1~2名ずつしか確保できない病院も多くなる。そのため、病院では慢性的な医師不足が生じている。
そこで、病院の数を絞って急性疾患や救命救急に専門的で高度な治療をほどこす「急性期病院」の機能を集約化する、主治医を複数制にして交代で担当できるようにする、医師がしている事務作業を別の医療従事者ができるように「タスクシフト」する、気管チューブ交換など医師が行う医療行為の一部を特定看護師などができるようにする、業務量・対応数に応じて公平に給与を支払うなど、「理想論としての解はあります」と岡部さん。
しかし、現実問題としてそれらが急に進むことはありえない、という無力感が、「女性の医学部入学者を制限する差別もしかたがない」と65%の医師が思う結果を招いていると岡部さんは言う。
◇「患者ファースト」「コンビニ受診」など患者の側の過剰な期待も問題
「応召義務」のプレッシャーがある、あるいは、もともと正義感や使命感が強く、全身全霊で患者に尽くしたい、尽くさなければならないという価値観で働いている医師が多いのは事実だ。
目の前の患者を救いたいという思いや、実際に多くの命を救って感謝されることのやりがいが、医師を長時間労働に追い込んでいることもあるだろう。その職業意識を否定することはできない。いっぽうで患者になる可能性のあるわれわれも、医師は患者ファーストであるべきと当然のように思い、無意識のうちに、医師に滅私奉公を強いている。
また、夜間でも休日でも、自分が病気になったら救急病院に駆け込めるのを当然の権利だと思ったり、医療費が安く、誰もが自由に好きな病院にかかることができるため、ちょっとした風邪でも大学病院にかかったりという、「コンビニ受診」が多いのも事実だ。
女性差別はあってはならない。ただし、それが一部の大学の経営幹部の時代錯誤な価値観だけに起因するものだと考え、今の時代にありえないと断罪して安心するだけでは、差別の根本原因の解決にはならない。むしろ、制度の歪み、大学病院の勤務医の過酷な労働状況、医師・患者双方の意識改革が進まない現状、男性医師と女性医師の間、あるいは子どものいる医師といない医師との間などさまざまなレベルでの分断など、多くの問題を隠蔽することになる。医師の働き方の実態はもっと知られていいだろう。
単純に「男女差別は違法」と騒ぎ立てるメディアが多い中、週刊ダイアモンドの記事はその深層をよく説明していて感心しました。
その根っこは「医師の職場はブラック企業」という現実。
息を切らせて働く肉体労働ではありませんが、とにかく拘束時間が長い。
朝から晩まで働くのは一般の仕事と同じです。
しかしそこに連続勤務として当直が重なります。当直では救急患者対応で眠れず、当直明けも事務職員や看護師のように帰宅できず働き続けます。
一般勤務の他に「ポケベル待機」あるいは「オンコール」という緩やかな拘束勤務があります。
私は小児科医ですが、小児科では2〜3日に1回程度。
「オンコール」では、急患や入院患者の急変があると呼ばれ、30分以内に駆けつけなくてはいけないという不文律がありました。
つまりその晩はアルコールは御法度、家族で食事に外出することもためらわれます(途中で呼ばれるとまずいので)。
しかしこの「オンコール」、呼ばれない限り勤務時間に数えられません。
こんな勤務を、子育て中の女性医師がこなすことは困難です。
医師の数は事務職員や看護師より少ないので代わりがいません。
休むと他の医師にそのまま負担がかかります。
私の後輩の女医さんは「勤務途中で妊娠・出産すると同僚の医師に迷惑がかかるので、私は今年は休職して妊活します」と宣言して実際に休んだことを鮮明に覚えています。
彼女はめでたく予定通りに妊娠出産、数年後に仕事に復帰しようとしましたが、熟考の結果、病院勤務医の労働環境は子育て中は無理と判断し、思い切って開業しました。
なぜこんな「ブラック企業」的労働環境がまかり通っているのでしょうか?
その要因は3つあると私は思います;
1.無意識のうちに医師に滅私奉公を強いている「医術は仁術」という社会通念。
2.勤務医にはその場から立ち去る「開業」「フリーランス」という選択肢がある。
3.勤務医の長時間労働は労働基準法に抵触していないらしい。
というわけで、今回の議論が「受験で女性差別した大学我が悪い」に終始せずに、医師の労働環境を改善するところまで深まって欲しいと切望します。
ちなみに、私の所属する大学の医局では「女性医師は就職して5年間に8割が姿を消す」と人事担当者を悩ませていました。
もう15年前の話ですが。
□ 「東京医大の女性差別を医師の65%が「理解できる」と答えた真の理由」
奥田由意(ダイヤモンド・オンライン、2018.9.3)
◇東京医科大学の入試における「女子受験者一律減点」の背景には、医師の苛酷な職場環境があった
東京医科大学が医学部医学科の一般入試で女子受験者の得点を一律に減点し、合格者数を制限していたことが判明。大きな反響とともに、女性差別への批判を呼んだ。しかし、問題はそれだけにとどまらない。女性医師対象のウェブマガジンjoy.netを運営する、医師向け人材紹介会社エムステージが、同サイトの会員を中心に緊急アンケートを実施したところ、今回の大学の対応を「理解できる」「ある程度は理解できる」と回答した医師が65%にのぼったからだ。回答からは、いま現場で求められている働き方では、女性医師が出産を経て働き続けることはきわめて困難であるという実態を反映するかのような、諦めの声も多く聞かれる。なぜ優秀な女性医師が差別を受け入れるような回答をするのか、大学病院の働き方の実態についてレポートする。
◇過半数を超える医師が女性差別を「理解できる」「ある程度理解できる」と答える衝撃
医師向け人材紹介会社エムステージが、8月上旬に女性医師を中心に行った「東京医科大学入試での女子一律原点に関するアンケート調査」。同調査で医学部に入学する女性の数を制限することを18.4%が「理解できる」、46.6%が「ある程度は理解できる」と回答し、「理解できない」「あまり理解できない」という意見を大きく上回る結果になった。
「理解できる」「ある程度は理解できる」とした人の自由回答では、「そういうものだと思っていた」「そのつもりでトップ層に入るよう勉強してきた」「自分も妊娠中や育児中にまわりに負担をかけていたので理解できる」という意見が散見され、女性差別が所与のものとされている現状が明らかになった。
また、「体力的にもきつい当直の穴埋めをするのは非妊娠女医と男性医師」「独身女医としてはママ女医の仕事を全て被っている。女医の数を制限した方が職場は上手く回ると思う」、「女性医師はマイナー科(眼科や皮膚科)に偏りがち」という声もあった。
もちろん、差別を受け入れている当事者がいるくらいなのだからしかたがないのでは、ということでは断じてない。調査を実施したjoy.netの編集長岡部聡子さんは、これまで同サイトの取材で120名、医師担当のキャリアプランナーとして100名、計220名にのぼる女性医師と向き合ってきた。
想像を絶するような努力を重ね、出産し、子どもを育てながら、当直もオペもこなす女性医師もいる。そして、彼女たちを支えてきた男性医師、独身医師や子どものいない女性医師もいる。出産後職場復帰したくても、出産前と同様に働けないことで諦めたり、「マタハラ」に泣き寝入りする医師もいる。また、差別を断固許さないと考える医師ももちろんいる。
岡部さんは、むしろ女性医師たちの側で「自分たちはこうした状況が当たり前だと思ってやってきたけれど、社会の反響を見ると、私たち自身が当たり前だと思うことも問題だったのでは」と、改めてショックを受けている医師が多いと言う。
また、岡部さんは、妊娠中の医師、子どもや要介護者がいる医師が働きにくいような、長時間労働を強いる大学病院での勤務の実態があまり一般に知られていないとも嘆く。せっかく医師になっても、35歳時点で24%の女性医師が離職しているという厚生労働省のデータもある。
◇大学病院勤務の過酷な実態 32時間連続勤務でも労基法は適用外
勤務医には、大きく分けて5つの業務がある。
病院に来る外来患者を診る「外来」、主治医として入院患者を診る「病棟」、内視鏡や心臓カテーテル検査といった「検査処置」、外来系の医師であれば「手術」、そして輪番で夜間の患者の容態急変や救急患者に対応する「当直」だ。主治医としての「病棟」業務の中には、勤務時間外であっても担当患者の容体急変時などに駆けつける「オンコール」対応も必要となる。
そして、意外に知られていないのは、労働基準法が一般企業と同じようには適用されていないことである。長時間労働の上限は実質ないに等しい。例えば、オンコールや当直業務は実作業時間より待ち時間が多い「断続的な業務」であると解釈されて、労働時間の規制対象外となっているのだ。
当直の場合、病院に泊まって当直業務をこなしたあと、当直明けもそのまま翌日の夜まで働き、場合によってはオペさえも担当することがある。「32時間連続勤務が常態化している病院も多い」と岡部さんは言う。
株式会社メディウェルが2017年10月~11月にかけて1649人の医師に行ったアンケートでは、当直後も82.5%が通常勤務をし、32時間以上の連続勤務を行っていると回答している。また、2017年に「全国医師ユニオン」が勤務医に実施したアンケートでは、タイムカードなどで労働時間が管理されていると答えた大学病院の医師はわずか5.5 %だった。
朝も早い。外来が始まるまえに「カンファレンス」といって、症例報告会などを行う。
このように一般企業以上に長時間労働が当たり前の現場で、しかもそれが、労働基準法で適法とされているのである。
加えて「応召義務」といい、「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」という法律がある(医師法19条)。70年前の1948年に成立した法である。
このような長時間勤務を前提として、「成績優秀な女子より、男子で洗脳しやすい元気なバカのほうが役に立つ」などと言われたことのある女性医師も決して少なくない。
◇バイト代のほうが常勤先の給与より高くなることも
過酷な業務であるにもかかわらず、大学病院の勤務医の給与は低い。若手医師であれば給与も手取りが月20万円程度であるのはざらで、自分が勤務する大学病院で寝ずの当直をしても手当ては一晩で5000円のところさえある。
さらには大学病院には有給のポスト自体が少ないという問題もある。大学病院は臨床を通じて学ぶ、研究をする場でもあるということを論拠に、「無給医」も数多く存在している。出産や育児などで一時職場を離れた女性が大学病院に戻る場合に、有給ポストがなく無給医として働くこともあるのだ。
ただし、常勤の大学での給与は低いものの、市中病院やクリニックなどで非常勤としてアルバイトをする場合、週1回の勤務だけでもある程度の収入にはなる。そのため、勤務医や無給医は多忙な勤務の合間を縫って市中病院やクリニックなどで非常勤のアルバイトをして収入を補填するしかない。
◇医局が持つ強力な権限に逆らえない医師ならではの事情
大学病院での勤務がきつく、非常勤の市中の病院やクリニックの給与が高いなら、最初からそちらに就職すればいいと思うかもしれない。しかし、国家試験を通った医師は、必ずしも自分が卒業した大学でなくてもよいのだが、大学病院の医局に属して研修を受けるのが普通だ。大学医局や大病院でないと、専門医の受験資格が得られないなど、医師としてのキャリアが積みにくいという実態がある。
また医局は強い人事権を持っており、たとえば、医局とけんか別れした医師はその大学だけでなく、系列病院や関連病院すべてから事実上排斥される。とくに地方で有力な病院が少ない場合などは、医局から見放されれば、その地方ではやっていけなくなることもままある。
例えば開業したり、市中の小さなクリニックで働いていたりして、専門病院に紹介しなければならない患者が来たとき、医局との関係が悪ければ、「あの医師の紹介患者は受けるな」と医局から市中病院に司令が出て、患者の受け入れ先病院がないということも起こりうるからだ。
専門医の資格をあえて取らず、医局に属することも選ばず、非常勤バイトだけで生活する医師もいる。出産、育休などで大学病院に復帰できず、そのような働き方をしている医師も多い。
しかし、「非常勤バイトだけで生活できてしまうことで、ますます大学病院での長時間労働が改善されないことにもつながっている」と岡部さんは指摘する。「低賃金かつ24時間365日対応でプライベートを犠牲にして働くか、非常勤バイトか、だけでなく、その間に多様な働き方があってもいいはず」と岡部さんは言う。
◇複数主治医制、タスクシフトなど「解」自体はあるが進まない虚しさ
ではどうすればよいのか。もちろん一朝一夕に解決できることではない。
医師不足と言われるが、年間4000人の医師が誕生しており、実際には医師は偏在している。そして日本は8400と世界一を誇るほど病院数が多いために、各病院が総合病院として複数の専門の科を持つと、医師を1~2名ずつしか確保できない病院も多くなる。そのため、病院では慢性的な医師不足が生じている。
そこで、病院の数を絞って急性疾患や救命救急に専門的で高度な治療をほどこす「急性期病院」の機能を集約化する、主治医を複数制にして交代で担当できるようにする、医師がしている事務作業を別の医療従事者ができるように「タスクシフト」する、気管チューブ交換など医師が行う医療行為の一部を特定看護師などができるようにする、業務量・対応数に応じて公平に給与を支払うなど、「理想論としての解はあります」と岡部さん。
しかし、現実問題としてそれらが急に進むことはありえない、という無力感が、「女性の医学部入学者を制限する差別もしかたがない」と65%の医師が思う結果を招いていると岡部さんは言う。
◇「患者ファースト」「コンビニ受診」など患者の側の過剰な期待も問題
「応召義務」のプレッシャーがある、あるいは、もともと正義感や使命感が強く、全身全霊で患者に尽くしたい、尽くさなければならないという価値観で働いている医師が多いのは事実だ。
目の前の患者を救いたいという思いや、実際に多くの命を救って感謝されることのやりがいが、医師を長時間労働に追い込んでいることもあるだろう。その職業意識を否定することはできない。いっぽうで患者になる可能性のあるわれわれも、医師は患者ファーストであるべきと当然のように思い、無意識のうちに、医師に滅私奉公を強いている。
また、夜間でも休日でも、自分が病気になったら救急病院に駆け込めるのを当然の権利だと思ったり、医療費が安く、誰もが自由に好きな病院にかかることができるため、ちょっとした風邪でも大学病院にかかったりという、「コンビニ受診」が多いのも事実だ。
女性差別はあってはならない。ただし、それが一部の大学の経営幹部の時代錯誤な価値観だけに起因するものだと考え、今の時代にありえないと断罪して安心するだけでは、差別の根本原因の解決にはならない。むしろ、制度の歪み、大学病院の勤務医の過酷な労働状況、医師・患者双方の意識改革が進まない現状、男性医師と女性医師の間、あるいは子どものいる医師といない医師との間などさまざまなレベルでの分断など、多くの問題を隠蔽することになる。医師の働き方の実態はもっと知られていいだろう。