小児アレルギー科医の視線

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おたふくかぜワクチンの意義

2017年10月29日 12時58分55秒 | 予防接種

 おたふくかぜワクチンに関するわかりやすい解説(谷口恭 / 太融寺町谷口医院院長)を見つけたので抜粋・引用させていただきます。

■ おたふくかぜのワクチン、本当に不要?
(2016年4月24日:毎日新聞)
理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果
 「おたふくかぜの抗体検査をしてください……」
 先日、ぜんそくやアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患で通院されている30代の女性の患者さん(Mさんとします)から、突然そのようなことを言われて驚きました。若い女性の場合、風疹ワクチンは妊娠前に接種しておくべきことがかなり周知されてきており、また抗体が陰性であれば行政の助成があることから、風疹の抗体検査の依頼は毎日のようにあります。しかし、おたふくかぜは珍しい……。
「ワクチンをうとう」30代女性のMさんが決めた理由は?
 Mさんは、抗体検査を受ける前から「抗体陰性であればワクチンをうとう」と決めていました。「だって大人がおたふくかぜに感染すれば卵巣炎を起こして不妊になるんでしょ」とMさんは言います。たしかに成人がムンプスウイルスに感染した場合、男性であれば精巣炎、女性であれば卵巣炎を起こすことがあります。ただし、精巣も卵巣も左右に一つずつあり、両側に感染する可能性はそう高くありませんから、ムンプス卵巣炎=不妊、というわけではありません。
 しかし30代半ばのMさんが不妊のリスクを少しでも減らしたい、と考えるのは当然でしょう。また妊娠中にムンプスに感染すると流産のリスクが上がります。ワクチンシリーズの4回目で、妊娠中に麻疹にかかると重症化し、胎児の生存が危うくなるため、風疹だけでなく麻疹のワクチンも妊娠前に接種すべきだ、と述べました。そして、同じことがムンプスにも言えます。さらに次回述べるように、妊娠中に水痘(水ぼうそう)に感染すると、妊婦さん自身が「その後の人生を変えてしまうかもしれない後遺症」に苦しめられることもあります。妊娠前は風疹ワクチンと同時に麻疹、ムンプス、水痘ワクチンも考慮すべきです。この点でMさんの考えは合理的です。
MMRワクチンがMRワクチンになってしまった理由
 日本では、ワクチンシリーズ3回目でも少し触れたように、1988年から93年までは「MMRワクチン」という麻疹、ムンプス、風疹の三つが一緒になったワクチンが定期接種されていました(MMRとは麻疹=measles、ムンプス=mumps、風疹=rubellaの頭文字です)。しかし、副作用の発生率が高いことが分かり、中止となりました。この「副作用」というのがムンプスワクチンによって起きる「無菌性髄膜炎」です。これは、風邪シリーズの5回目で触れた髄膜炎菌による細菌性髄膜炎とは異なり、ほとんどが軽症です。しかし、当時の厚生省は中止の判断を下し、94年からはMMRのM(ムンプス)を一つ取り除いたMRワクチン(麻疹風疹混合ワクチン)は定期接種のままとし、ムンプスワクチンは任意接種に“格下げ”しました。
 この判断に対して反対意見は少なくありません。ムンプスワクチンを製造している北里第一三共ワクチンのウェブサイトによると、ムンプスワクチンを接種したことが原因で起こる無菌性髄膜炎は2000〜3000人に1例の割合です。一方、ワクチンを接種せず、ムンプスに自然感染し、合併症として無菌性髄膜炎が起きる確率は1〜10%に達します。そもそも世界ではMMRワクチンが一般的であり、海外からは日本の対応は“過剰”と思われています。
ワクチンをうつ/うたない そのリスクの差を知って判断を
 もう一つ、ムンプスを考えるときに忘れてはならないのが「難聴」です。ムンプスの合併症として起きる難聴は極めて難治性で、治ることはまずありません。そして頻度も小さくなく、前述のサイトによれば4%に生じます。片側の耳だけに生じるならまだいいかもしれませんが(それでも小児期に難聴を抱えて暮らすのはかなりつらいものです)、両方の耳に起こることもあります。教科書では、ムンプス感染による両側性の難聴は「まれ」とされていますが、国立感染症研究所のレポートには、「全ムンプス難聴症例の14.5%とする報告例もある」との記載があります。これは「まれ」と呼べるレベルではありません。ワクチンを接種することにより、この難聴のリスクが大きく軽減できるのです。
 2000〜3000人に1人の割合(0.03〜0.05%)で生じうる無菌性髄膜炎のリスクを抱えてワクチンを接種するという選択1〜10%の確率で無菌性髄膜炎になり、加えて4%の確率で難聴(両側性難聴も決してまれではない)になるリスクを承知してワクチンを接種しないという選択どちらを選ぶかはあなた次第ということになります。ワクチンは理解してから接種する、が原則です。

■ おたふく風邪のワクチンは何回うてばいいのか
(2017年10月15日 :毎日新聞)
理解してから接種する--「ワクチン」の本当の意味と効果
 1年半ほど前にこの連載で「おたふくかぜのワクチン、本当に不要?」を公開した直後、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんから、ウイルスの抗体検査やワクチンについての質問が増えました。当時はおたふく風邪(「流行性耳下腺炎」とも言います)が4年半ぶりに流行していると報じられていました。その後は次第に減っていたのですが、最近再び増えてきています。
 おそらくその理由は、2017年9月5日に行われた日本耳鼻咽喉科学会の発表でしょう。同会によれば、おたふく風邪を発症し難聴になった人は15年と16年の2年間で少なくとも336人に上ります。ワクチンを接種しておけばこのような「悲劇」は防げた可能性が高いわけですから、同会がメディア向けに発表し、一般の人に注意喚起したのも当然でしょう。
おたふく風邪の後遺症とワクチンの副作用
 さて、今回は私自身が悩んでいるおたふく風邪ワクチンの問題について述べたいと思います。私の「悩み」とは、ワクチンは何回うてばいいのか、ということです。ですが、これを述べる前に、非常に重要なおたふく風邪が引き起こす「難聴」とワクチンの「副反応(副作用)」について復習しておきましょう。
 先述したコラムで述べたように、おたふく風邪に罹患(りかん)して難聴が生じる確率は4%にも及ぶと言われています。多くは片側性ですが、両側が難聴になる例も少ないとは言い切れず、全おたふく風邪難聴の14.5%が両側性という報告もあります。
 いったん定期接種になったおたふく風邪のワクチンが任意接種に「格下げ」されたのは、副反応が“多かった”からです。その副反応とは無菌性髄膜炎。ワクチン接種により2000~3000人に1人(0.03~0.05%)の割合で生じます。一方、ワクチン接種をせず、自然におたふく風邪に罹患して無菌性髄膜炎を発症する確率は1~10%にもなります。ただし、いずれの場合も無菌性髄膜炎はほとんどが軽症です。
 ワクチンの基本は「理解してから接種する」であることはこの連載で繰り返し述べています。こういった難聴や副反応の事実を説明した上で改めて考えてもらうと「接種を希望する」と答える人がほとんどですが、一方で「理解した上で接種しない」という選択肢もあるべきだ、ということも繰り返し述べてきました。
感染したくなければ2回接種?
 さて、今回の主題の「ワクチンは何回うてばいいのか」についてです。従来、生ワクチンは1回接種で十分と言われてきました。麻疹や風疹もかつては1回でOKと言われていました。しかし、ワクチン接種後の年数経過とともに免疫が減衰して発症することがあったため、06年に2回接種が定期化されました。では、おたふく風邪はどうか。やはり2回接種が勧められています。
 日本環境感染学会の「医療関係者のためのワクチンガイドライン第2版」によれば、2回接種もしくは「抗体検査で抗体価陽性」の確認が必要とされています。
 このガイドラインは「医療関係者」のためのものです。しかし、ガイドラインには「医療関係者とは、事務職、医療職、学生を含めて、受診患者と接触する可能性のある常勤、非常勤、派遣、アルバイト、実習生、指導教官等のすべてを含むものとする」と記載されています。要するに、「医療関係者」とは医療機関に出入りする患者さん以外のすべての人と考えるべきです。おたふく風邪はそれだけ感染力が強いということです。医療関係者がワクチンを義務付けられるのは、患者さんから感染し他の患者さんに感染させることを防ぐためです。
 人がたくさん集まることを「マスギャザリング」と呼びます。過去のコラム(「麻疹抗体が消える理由と『マスギャザリング』の恐怖」)で述べたように、マスギャザリングに相当するのは、病院以外にも、空港、学校、コンサート会場、教会、地下鉄などの公共交通機関、ショッピングモールなど多数あります。これらの場所は、アウトブレーク(限定された範囲内での感染の大流行)の中心点になる可能性があり、誰もが感染のリスクにさらされているのです。他人(特に小さい子供)に感染させたいと思う人はいないでしょうし、誰もが精巣炎や卵巣炎を起こすのは防ぎたいでしょう。妊婦さんにとっては流産のリスクとなりますから、より一層、感染は避けたいでしょう。
 ですから「医療関係者だけでなく、感染したくない人は2回接種をしようね」ということになります。これですべて解決、であればいいのですが、私の「悩み」はここから始まります。それは、「2回で十分なのか?」ということです。
2回接種で抗体が陽転化しないケースも
 実は、私はワクチン2回接種で抗体が形成されなかった例を数例経験しています。抗体検査は保険が利かないこともあり、安くはありませんから、ワクチン接種をした人に対して勧めることはあまりないのですが、検査が義務付けられている人がいます。それは医大生や看護学生など医療系の学生です。学校にもよりますが、彼・彼女らはワクチン接種のみならず抗体が陽性になっている(陽転化)ことを証明しなければ実習に出られないことがあるのです。そこで、2回接種の後、抗体検査を実施することになります。そして陽転化していないことがあるのです。前出のフローチャートには「(ワクチン2回接種後は)抗体検査は必須ではない」と記載されていますから矛盾していることになります。
 さらに私を悩ませる論文が最近、著名な医学誌に発表されました。「New England Journal of Medicine」17年9月7日号(オンライン版:注)によれば、3回接種を受けていれば2回接種よりもおたふく風邪を発症するリスクが下がることがわかったというのです。
 調査の対象は米国の大学生約2万500人です。3回接種を受けた学生では1000人当たり6.7例が発症したのに対し、2回接種の学生は同14.5例にも上っていたのです。また、2回目の接種を流行前の2年以内に受けていた学生と比べると、13年以上前の接種者ではリスクが9倍以上にもなっていたことも分かりました。
 この結果を見ると、2回接種でもおたふく風邪のリスクを完全に排除できないことが分かります。論文の著者は3回接種が必要ではないかと主張していますが、私の懸念はその3回接種でさえ1000人中6.7人も発症しているということです。また、ワクチン接種後長期間あいていればリスクが上昇することも示されていますから、確実に感染を防ぐには「3回接種+定期的な抗体検査」が必要と考えるべきかもしれません。ですが、この方法だと費用がかなりかかることになり、現実離れしていると言わざるを得ません。
 前述のように、おたふく風邪は難聴という重大な後遺症があり得ます。その悲劇を少しでも減らすための第一歩として、おたふく風邪ワクチンを定期接種に「復活」するよう厚生労働省にお願いしたいところです。しかし、ワクチンにはとても“慎重な”この国では、期待しない方がいいかもしれません。ではどうするか。「自分の身は自分で守る」という考えにのっとり、ワクチンの原則「理解してから接種する」を実践するのがいいでしょう。
 さて、冒頭に書いた私の「悩み」はどうすればいいのでしょうか。結論としては当面の間、「2回接種を検討してもらい、抗体検査や3回目接種は患者さんごとに勘案する」という方針でいこうと考えています。
   ×   ×   ×
注:この論文のタイトルは「Effectiveness of a Third Dose of MMR Vaccine for Mumps Outbreak Control
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