かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

最後までツッコミ入れ通しでしたけど、まあ楽しかったので良かったとしておきましょう。

2005-10-01 23:54:37 | アニメ特撮
 このカテゴリーでの日記は、これが最後かも知れませんね。ガンダムSEEDデスティニー、とうとう今日で最終回と相成りました。ちゃんと時間をチェックして朝から気にかけていたので、無事間違えることなくリアルタイムで視聴いたしました。まあ色々ありましたし、今日の放送だって言いたいことは山ほどあったりするのですが、それはさておき、何はともあれ1年に渡って土曜の夕方を楽しませてもらったことは間違いありません。その巡り合わせを得た幸運に感謝すると共に、長きに渡って作品を発信し続けたスタッフや局に感謝いたします。来週からは違う番組が始まるそうですが、ガンダムほど入れ込んで見ることが出来るかどうかは今のところ未知数です。いずれまたそのうち続編でもしてくれないか、と今からあらぬ未来を夢見ていたりしております。

 それはさておき。

 結局
「デスティニー計画」って何をするつもりだったのか、明確に述べられることはありませんでした。
シンは最後まで主人公になれませんでした。
レイが最後の最後でヘタレになってしまいました。
国同士の戦争のはずが、いつの間にか議長一人の火遊びになってしまいました。
ルナマリアは戦死こそ逃れましたが、妹との再会はなりませんでした。
グラディス艦長は、幼い子供よりも愛人を選んでしまいました。
戦後の後始末はまるで語られずじまいです。
などなどなど。

 
 結局
 
 このお話は、1年通して何を言いたかったのでしょう? 一見慈愛に溢れ、誠実で節度のあるように見える(ついでに外面のいい)政治家には気を付けましょう、ということでしょうか?(笑) それとも、いつまでも過去の亡霊に取り憑かれて復讐に身を焦がすのはよくないことだ、と述べたかったのでしょうか? そうだとしても、シンのあの最後の涙で、過去を吹っ切ることが出来たと読みとるのは、ちょっと難しい気がします。恋人の胸の中で泣くことで傷心を癒すことは出来ると思うのですが。ということは、今回のお話は、主人公シンの、翻弄された運命に対するやり場のない怒りが癒される過程を描いたのだと言えるのかもしれません。癒しブームに乗ったガンダムストーリーと言うことでしょうか? それなら主人公が最後の最後までさしたる成長も見せないまま、感情の赴くままにふらふらしていたのも頷けます。運命に翻弄される悲劇のヒーローと言うところでしょうか? 確かに現実はそう甘いものではないですから、主人公の力ではどうしようもないというお話もありかも知れませんが、苦悩した分成長も見せて欲しいと思うのです。現に前作ではキラが育ちましたし(育ちすぎて新興宗教の教祖みたくなってしまいましたが)、今作でもアスランが一定の精神的自立を勝ち取りました。でも、彼らは本来脇役で、シンこそ主人公だったはず。それなのに悩みっぱなしで1年も引っ張ったのはやはり問題があるように思います。第一、あんまりそう言う視点でガンダムを見たいとも思いません。ドンパチが楽しければいいや、等とは申しませんが、もう少しカタルシスを得られるお話作りをしていただきたかった。あと、ラストでばたばた駆け込みするようなストーリー展開も、次に機会があるなら是非改めていただきたい。どう考えたって、あの最終回は3回分くらいのストーリーがすし詰めになってますよ。前半のパートが終わったときは、残り時間でどうやって締めるつもりなのか本気でハラハラいたしました。

 ・・・このハラハラドキドキも、来週からはもう味わえないのですね。出来の悪い子ほど可愛いという世の親の気持ちが、こんな事でほんのちょっとだけ理解できるような気がする、そんな一年の夢でした。

コメント (1)
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