「貴様ら、よくもこのわしにここまでやってくれたものだ」
ルシフェルがつぶやくうちにも、腹に響く衝撃音を幾つも鳴り響かせながら岩が落ちてくる。そのうちの一つが、死神の頭上をまともに襲った。あっと息を呑む麗夢の目の前で、その身に倍する巨岩が、突如横っ飛びに吹っ飛んだ。ルシフェルが、うるさいとばかりに右手で払いのけたのである。
「あららさすがは教頭先生。こんなものじゃ効かないんだね」
「当然だ! わしを誰だと思っている!」
ルシフェルが吠えた瞬間、更に次々と落下してきた岩の群れが、暴風にさらされた木の葉のように一瞬で消し飛んだ。
「もう容赦はせん。貴様ら、地獄の悪夢で骨も余さずすりつぶしてくれるわ!」
ルシフェルは一声叫ぶと、その細身の身体から、玉手箱の白い煙をも凌駕する膨大な漆黒の瘴気を吐き出した。
「ワルプルギスの夜に集いし黄泉の国の住人達よ。地獄の覇王メフィストフェレスの名において命ずる!」
ルシフェルの叫びに呼応して、広がる瘴気が渦を巻き、にわかに吹き出した突風に、触手のごとく伸びうごめいて稲光が閃いた。耳をつんざく雷鳴が轟き、夢を圧する重低音が大地を揺るがせる。ルシフェルは、裂け、破れた裾やボロボロになったマントを翻らせながら、両手を大きく天に広げ、更に膨大な呪を込めた言霊を、おのが瘴気へと放った。
「我が鎧、ダークアーマーをここへ!」
叫びに呼応した瘴気が一瞬急激に膨れ上がったかと思うと、唐突に圧縮されて分厚い黒雲に凝り固まった。無数の稲光が黒雲の表面を走り、周囲に雷となって撃ち放たれる。突然、その雲の中から次々とグレーの金属塊が飛び出してきた。
「フハハハハ、4人の魔女共め、ちゃんと修復は終えたようだな」
ルシフェルの哄笑に導かれるように、塊の群れが金色の雷光を無数にまとって空中に浮かび、不快な金属音とともに次々と繋がっていく。
「またあんなものを……」
麗夢は半ば呆れながら、合体を終えた奇怪な巨大ロボット見上げた。ジュリアンの夢の中でルシフェルが呼び出し、あわやというところまで麗夢を追いつめた悪魔の逸品。錬鉄からそのまま削り出したかのように鈍色の光を放つその姿は、まさに鉄の城と呼ぶにふさわしい威容である。
「へぇ、面白いもの持ってるのね」
対する荒神谷皐月は、待ちくたびれた様子でふぁぁ、と軽くあくびしながら言った。
「出してから合体するなど、無駄が多いぞ教頭先生」
「それでもちゃんと出来上がるまで待っているんだから、僕たちって優しいよね」
「…………」
斑鳩星夜が呆れ返った様子で腕を組み、眞脇紫がニコニコと笑う。纏向琴音だけが、変わらずじっとその巨体を見つめていた。対するルシフェルはフフン、と鼻で哂うと、アーマーの開いた胸にひらりと飛び移った。
「覚悟するがいい。闘うもの全てを滅びへと導くこの力の前に、助かる術など残ってはおらんのだ」
ルシフェルが乗り込み、胸の扉が再び閉まる。途端にロボットの両腕が大きく上がり、長大な3本の爪が、手のひらのように大きく広がり、また閉じた。
『さて、祈りは済んだか? 待ちはしないがな!』
ルシフェルはロボットの胎内から嬉しそうに嘲笑うと、その右腕を大きく振り上げさせた。
「待ったのはこっちよ。それじゃ、私たちもね」
目の前で凄まじいパワーを秘めた破壊の鉄追が振り上げられているにもかかわらず、皐月は至ってのんびりした様子で、やっと出番が来た、とばかりに、3人の仲間に振り返った。3人がそれぞれ頷き返し、皐月を丸く囲んで両手を互いにつなぎ合わす。中央に玉手箱を抱えて立った皐月は、箱を頭上に大きく掲げ、一声、出番よ!と声を上げた。
『死ね!』
「カモン!」
ルシフェルの最後通牒と、皐月の軽やかな掛け声が同時に麗夢の耳に届いた。直後にダークアーマーの右腕が猛烈な勢いで皐月達に振り下ろされ、巨大な濡れタオルで思い切り殴られるような衝撃が、麗夢の全身に襲いかかった。濛々と粉塵が舞い飛び、麗夢もルシフェルも、一時的に視界を失った。が、手応えは十分だ。ルシフェルは、鎧の中で一人ほくそ笑んだ。玉櫛笥を粉砕してしまったのは惜しかったが、学校の教師役などと言う無様な茶番を演じさせられた恨みを晴らすには、調度良い犠牲だと思えたのだ。
だが、その喜びも束の間に過ぎなかった。
薄れゆく粉塵の中からダークアーマーの右腕を掴み上げる、おどろおどろしいその巨大な腕が伸びてくるまでは。
『なに?』
「ジャジャーン! 真打ち登場、ってね!」
大地ごとまとめて粉砕されたはずの荒神谷皐月他3名の小学生が、傷ひとつないそのままの姿でニコニコと手を振った。その華奢な体を一人の異形の巨人がかばっている。ルシフェルの搭乗するダークアーマーに匹敵するそれは、凄まじい膂力を発揮して、つかんだアーマーの右手をひねりあげた。
「ゥオオオオォオゥウウウゥ」
奇怪な唸り声を上げて立ち上がったのは、荒神谷弥生達原日本人の巫女達が、麗夢の力を使って復活させた、あの闇の皇帝そのものに違いなかった。
「……うそ……」
麗夢は、ただ言葉を失って呆然とその姿を凝視した。あれほど苦戦し、鬼童が用意した新兵器思念波砲を使い、円光とともに力を振り絞って、4人の巫女ごとやっとの思いで次元の狭間に封じ込めたはずのあの闇の皇帝が、今再び麗夢の目の前に姿を現したのだ。
「これも夢の中だから、っていうお約束だよ。ついでにこんなのもどう?」
皐月が玉手箱を頭上に掲げ直した。またも真っ白な煙が吹き出したかと思うと、ダークアーマー、闇の皇帝に匹敵する巨人がまた一人、夢の中に忽然と姿を現したのである。
「なんてことを…… もぅなんでもありなの?」
もはや呆れるより無い、という様子で、麗夢はがっくりと肩を落とした。ルシフェルのダークアーマーを闇の皇帝と挟み討ちにするその巨人は、間違いなく暴走する平智盛の怨霊であった。
「麗夢ちゃんのことはちゃーんと色々調べてあるんだ。この際何だって出してあげるよ。そうね、ROMちゃんなんてどう? カワイーと思うんだけどな」
「いやいい、いいからやめて」
麗夢は急に頭痛を覚えて皐月に懇願した。この上あの天真爛漫な破壊天使まで呼び出されては、さしもの自分もこの夢からしっぽを巻いて逃げ出したくなるかもしれない。アルファ、ベータも今は渋い顔で、急変する成り行きについていくのが精一杯という様子である。
一方、絶対的な力の差で一瞬でケリをつけるつもりだったルシフェルは、この思わぬ伏兵に挟撃され、今や完全な劣勢に立たされてしまった事を自覚した。何せ、自分のダークアーマーと体格もパワーも遜色ない相手が同時に2体、前後から挟み撃ちなのである。幾ら最強を自負するダークアーマーと言えども、あまりに分が悪い戦いではないか。ついに闇の皇帝に両腕の自由を奪われ、智盛の振るう草薙の剣にさんざん後ろから斬りつけられて、冷静さを失ったルシフェルはカンカンになって麗夢に叫んだ。
「ええい! 麗夢! 貴様一体何をしておる! 早く助けぬかぁっ!」
だが、麗夢は動けなかった。もちろん自分の十数倍する化け物たちの殴り合いに割って入る気など到底起こりそうにも無かったが、それ以上に、荒神谷皐月の繰り出すワケの分からない圧倒的な力に、すっかり心が呑まれてしまったのである。
そうこうするうちにも、2対1でパワー負けしたルシフェルのダークアーマーが押しつぶされるように地面に転がされ、闇の皇帝と平智盛に蹴られ、殴られ、斬りつけられ、と一方的に凌轢されるところまで形勢が傾いた。ダークアーマーのあちこちに深刻な亀裂が入り、鎧を形作る迷いし者供の腐った血が辺り憚りなく飛び散り、腕がひしゃげ、足がもげ、と、もう状況は時間の問題でしかなかった。
「さあ、次は麗夢ちゃんの番だね、と思ったけど、ざーんねん。時間切れー」
タコ殴りに粉砕されたダークアーマーから半死半生でルシフェルが這い出てきた時、荒神谷皐月が嬉しそうに宣言した。途端に夢の世界がぼやけ、少しずつ薄く消えていく。目覚めの時が訪れたのだ。
「でも、これで判ったでしょ? 無駄な抵抗はやめて、今度こそしっかり私たちの先生をしてね(はぁと)」
皐月が改めて玉手箱の蓋をずらす。麗夢もアルファベータもルシフェルも、溢れ出る煙に巻かれながら、抗いようのない敗北を意識せざるを得なかった。
ルシフェルがつぶやくうちにも、腹に響く衝撃音を幾つも鳴り響かせながら岩が落ちてくる。そのうちの一つが、死神の頭上をまともに襲った。あっと息を呑む麗夢の目の前で、その身に倍する巨岩が、突如横っ飛びに吹っ飛んだ。ルシフェルが、うるさいとばかりに右手で払いのけたのである。
「あららさすがは教頭先生。こんなものじゃ効かないんだね」
「当然だ! わしを誰だと思っている!」
ルシフェルが吠えた瞬間、更に次々と落下してきた岩の群れが、暴風にさらされた木の葉のように一瞬で消し飛んだ。
「もう容赦はせん。貴様ら、地獄の悪夢で骨も余さずすりつぶしてくれるわ!」
ルシフェルは一声叫ぶと、その細身の身体から、玉手箱の白い煙をも凌駕する膨大な漆黒の瘴気を吐き出した。
「ワルプルギスの夜に集いし黄泉の国の住人達よ。地獄の覇王メフィストフェレスの名において命ずる!」
ルシフェルの叫びに呼応して、広がる瘴気が渦を巻き、にわかに吹き出した突風に、触手のごとく伸びうごめいて稲光が閃いた。耳をつんざく雷鳴が轟き、夢を圧する重低音が大地を揺るがせる。ルシフェルは、裂け、破れた裾やボロボロになったマントを翻らせながら、両手を大きく天に広げ、更に膨大な呪を込めた言霊を、おのが瘴気へと放った。
「我が鎧、ダークアーマーをここへ!」
叫びに呼応した瘴気が一瞬急激に膨れ上がったかと思うと、唐突に圧縮されて分厚い黒雲に凝り固まった。無数の稲光が黒雲の表面を走り、周囲に雷となって撃ち放たれる。突然、その雲の中から次々とグレーの金属塊が飛び出してきた。
「フハハハハ、4人の魔女共め、ちゃんと修復は終えたようだな」
ルシフェルの哄笑に導かれるように、塊の群れが金色の雷光を無数にまとって空中に浮かび、不快な金属音とともに次々と繋がっていく。
「またあんなものを……」
麗夢は半ば呆れながら、合体を終えた奇怪な巨大ロボット見上げた。ジュリアンの夢の中でルシフェルが呼び出し、あわやというところまで麗夢を追いつめた悪魔の逸品。錬鉄からそのまま削り出したかのように鈍色の光を放つその姿は、まさに鉄の城と呼ぶにふさわしい威容である。
「へぇ、面白いもの持ってるのね」
対する荒神谷皐月は、待ちくたびれた様子でふぁぁ、と軽くあくびしながら言った。
「出してから合体するなど、無駄が多いぞ教頭先生」
「それでもちゃんと出来上がるまで待っているんだから、僕たちって優しいよね」
「…………」
斑鳩星夜が呆れ返った様子で腕を組み、眞脇紫がニコニコと笑う。纏向琴音だけが、変わらずじっとその巨体を見つめていた。対するルシフェルはフフン、と鼻で哂うと、アーマーの開いた胸にひらりと飛び移った。
「覚悟するがいい。闘うもの全てを滅びへと導くこの力の前に、助かる術など残ってはおらんのだ」
ルシフェルが乗り込み、胸の扉が再び閉まる。途端にロボットの両腕が大きく上がり、長大な3本の爪が、手のひらのように大きく広がり、また閉じた。
『さて、祈りは済んだか? 待ちはしないがな!』
ルシフェルはロボットの胎内から嬉しそうに嘲笑うと、その右腕を大きく振り上げさせた。
「待ったのはこっちよ。それじゃ、私たちもね」
目の前で凄まじいパワーを秘めた破壊の鉄追が振り上げられているにもかかわらず、皐月は至ってのんびりした様子で、やっと出番が来た、とばかりに、3人の仲間に振り返った。3人がそれぞれ頷き返し、皐月を丸く囲んで両手を互いにつなぎ合わす。中央に玉手箱を抱えて立った皐月は、箱を頭上に大きく掲げ、一声、出番よ!と声を上げた。
『死ね!』
「カモン!」
ルシフェルの最後通牒と、皐月の軽やかな掛け声が同時に麗夢の耳に届いた。直後にダークアーマーの右腕が猛烈な勢いで皐月達に振り下ろされ、巨大な濡れタオルで思い切り殴られるような衝撃が、麗夢の全身に襲いかかった。濛々と粉塵が舞い飛び、麗夢もルシフェルも、一時的に視界を失った。が、手応えは十分だ。ルシフェルは、鎧の中で一人ほくそ笑んだ。玉櫛笥を粉砕してしまったのは惜しかったが、学校の教師役などと言う無様な茶番を演じさせられた恨みを晴らすには、調度良い犠牲だと思えたのだ。
だが、その喜びも束の間に過ぎなかった。
薄れゆく粉塵の中からダークアーマーの右腕を掴み上げる、おどろおどろしいその巨大な腕が伸びてくるまでは。
『なに?』
「ジャジャーン! 真打ち登場、ってね!」
大地ごとまとめて粉砕されたはずの荒神谷皐月他3名の小学生が、傷ひとつないそのままの姿でニコニコと手を振った。その華奢な体を一人の異形の巨人がかばっている。ルシフェルの搭乗するダークアーマーに匹敵するそれは、凄まじい膂力を発揮して、つかんだアーマーの右手をひねりあげた。
「ゥオオオオォオゥウウウゥ」
奇怪な唸り声を上げて立ち上がったのは、荒神谷弥生達原日本人の巫女達が、麗夢の力を使って復活させた、あの闇の皇帝そのものに違いなかった。
「……うそ……」
麗夢は、ただ言葉を失って呆然とその姿を凝視した。あれほど苦戦し、鬼童が用意した新兵器思念波砲を使い、円光とともに力を振り絞って、4人の巫女ごとやっとの思いで次元の狭間に封じ込めたはずのあの闇の皇帝が、今再び麗夢の目の前に姿を現したのだ。
「これも夢の中だから、っていうお約束だよ。ついでにこんなのもどう?」
皐月が玉手箱を頭上に掲げ直した。またも真っ白な煙が吹き出したかと思うと、ダークアーマー、闇の皇帝に匹敵する巨人がまた一人、夢の中に忽然と姿を現したのである。
「なんてことを…… もぅなんでもありなの?」
もはや呆れるより無い、という様子で、麗夢はがっくりと肩を落とした。ルシフェルのダークアーマーを闇の皇帝と挟み討ちにするその巨人は、間違いなく暴走する平智盛の怨霊であった。
「麗夢ちゃんのことはちゃーんと色々調べてあるんだ。この際何だって出してあげるよ。そうね、ROMちゃんなんてどう? カワイーと思うんだけどな」
「いやいい、いいからやめて」
麗夢は急に頭痛を覚えて皐月に懇願した。この上あの天真爛漫な破壊天使まで呼び出されては、さしもの自分もこの夢からしっぽを巻いて逃げ出したくなるかもしれない。アルファ、ベータも今は渋い顔で、急変する成り行きについていくのが精一杯という様子である。
一方、絶対的な力の差で一瞬でケリをつけるつもりだったルシフェルは、この思わぬ伏兵に挟撃され、今や完全な劣勢に立たされてしまった事を自覚した。何せ、自分のダークアーマーと体格もパワーも遜色ない相手が同時に2体、前後から挟み撃ちなのである。幾ら最強を自負するダークアーマーと言えども、あまりに分が悪い戦いではないか。ついに闇の皇帝に両腕の自由を奪われ、智盛の振るう草薙の剣にさんざん後ろから斬りつけられて、冷静さを失ったルシフェルはカンカンになって麗夢に叫んだ。
「ええい! 麗夢! 貴様一体何をしておる! 早く助けぬかぁっ!」
だが、麗夢は動けなかった。もちろん自分の十数倍する化け物たちの殴り合いに割って入る気など到底起こりそうにも無かったが、それ以上に、荒神谷皐月の繰り出すワケの分からない圧倒的な力に、すっかり心が呑まれてしまったのである。
そうこうするうちにも、2対1でパワー負けしたルシフェルのダークアーマーが押しつぶされるように地面に転がされ、闇の皇帝と平智盛に蹴られ、殴られ、斬りつけられ、と一方的に凌轢されるところまで形勢が傾いた。ダークアーマーのあちこちに深刻な亀裂が入り、鎧を形作る迷いし者供の腐った血が辺り憚りなく飛び散り、腕がひしゃげ、足がもげ、と、もう状況は時間の問題でしかなかった。
「さあ、次は麗夢ちゃんの番だね、と思ったけど、ざーんねん。時間切れー」
タコ殴りに粉砕されたダークアーマーから半死半生でルシフェルが這い出てきた時、荒神谷皐月が嬉しそうに宣言した。途端に夢の世界がぼやけ、少しずつ薄く消えていく。目覚めの時が訪れたのだ。
「でも、これで判ったでしょ? 無駄な抵抗はやめて、今度こそしっかり私たちの先生をしてね(はぁと)」
皐月が改めて玉手箱の蓋をずらす。麗夢もアルファベータもルシフェルも、溢れ出る煙に巻かれながら、抗いようのない敗北を意識せざるを得なかった。