かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

初夢はうまくいかなかったのに、その後は実によく夢を観るようです。

2015-01-09 22:24:23 | 夢、易占
 年明けからこっち、どうもよく夢を見るようで、記憶に残るものも増えています。メモでも取っていればもっと鮮明かつ詳細に記憶に残るでしょうが、今のところまだそこまではしておりません。でも、これほど頻繁に夢を見る事ができるなら、そろそろまた枕元にメモ帳と鉛筆を置いて寝てもいいかもしれません。
 今朝未明の夢は記憶が大分薄れてしまいましたが、大体こんなかんじです。
 東京?のコンベンションセンターのようなところで開催されたシンポジウムに参加していますが、すぐ近くにあるホテルに何か忘れ物をしたため、昼休みを利用してホテルの部屋まで取りに行くことにしました。一旦建物を出てまっすぐ歩けばものの1、2分でホテルにたどり着けるはずなのですが、最初から方向を間違えたのか、相当な距離を歩いたのに全くホテルの姿はなく、辺りは片側2車線位の大きな通りに沿って店が並び、大勢の人が行き交う見覚えのない雑踏になっています。完全に道に迷ってしまって、こんな簡単な道で迷う自分の自分の方向音痴に我ながら情けなくなってきますが、とにかく正しい道に出ないことにはどうしようもありません。すると、正面にちょっとした川が流れ、その川にかかる橋の手前にあるとある交差点に出たところで、右に横断歩道を渡っているSさんの姿が見えました。Sさんは職場で某研究会の事務局を担当している女性で、確か駅に向かっているはずでした。つまりSさんに付いて行けば、かなり大回りにはなりますがホテルへの道が開けてきます。私はSさんを追いかけようとしましたが、そんなに遠回りしていては時間も無くなってしまいます。引き返して判るところまで出た方が良いか、Sさんに同行して「急がば回れ」を地で行くか、私は心の底からどうしたものか頭を抱えて悩みました。

 ・・・広い大きな道は順調そのもの、という感じですが、道に迷うのは、自分自身を見失い、見通し甘くつまずく警告、というものなのだそうです。私の場合、現実の素面でも、ごく簡単な道で右に行くべきと色々確認していたにも関わらず左に行ってしまうような重度の方向障害を持っていますので、夢で道に迷ってもどうもそれが無意識からの警告なのか、普段通りの自分の行いの反映なのかが読めない残念さがあります。ただ、確かに最近ちょっと見通しが甘いな、と感じるところも無きにしもあらずなので、とりあえずこれは自分自身への警告と素直に受け取り、プランの練り直しを一から考えてみようかと思います。

コメント
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