9月に文化庁が発表した「国語に関する世論調査」に興味深い記述がありました。
「破天荒」の本来の意味は「誰も成しえなかったことをすること」ですが、65.4%の人が「豪快で大胆な様子」と思い込んでいたそうです。実は私もその一人。しかも、「豪快で大胆」プラス「常識はずれ」や「無茶苦茶」といったやや悪いニュアンスを含むと思っていました。そうではなくて、とてもポジティブな表現だったのですね。
もう一つは「ら抜き言葉」。「ら」を省くのは個人的にはあまり好きではなく、かと言って無理やり「ら」を加えると不自然なこともあるので、文字にするときには冗長ではあっても「~することができた」と書いてきました。調査では、「見れた」や「来れます」を使う人が遂に5割を超えたそうです。一方、「出れる」は48.1%、「食べれない」は33.4%との結果。微妙ですね。「ら抜き言葉」は本来の使い方ではないのですが、文化庁によれば、「言葉の変化の途上にあり、一概に誤りとまでは言えない」のだそうです。そう遠くない将来、「ら抜き言葉」の方が本来の使い方を圧倒する日が来るかもしれませんね。
🍀
さて、長くなってしまいましたけれども、バンクシー展の続きです。これが最後ですので、もう少しお付き合いいただければ幸いです (^-^)ゞ
《Brexit》
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2017年5月の作品。ドーバー海峡近くの民家の壁に描かれた大きなEU旗から、作業員が星のひとつを削り取っています。削られている星は、前年の国民投票でEU離脱が決定したイギリス。EU離脱を巡って英国内で喧々諤々の議論が行われていた時節で、フランス大統領選挙が行われるその日に公開されたものです。英国とヨーロッパを隔てるドーバー海峡という場所も象徴的ですね。
タイトルの”Brexit”は、”Britain(イギリス)”と”exit(離脱)”を合わせた造語で、イギリスのEU離脱を意味しています。
《幻の新Brexit》
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”Brexit” はEU離脱をめぐる混乱を風刺した、バンクシーの傑作のひとつでしたが、2年後の2019年8月、白いペンキで塗りつぶされてしまいました。これに対しバンクシーは、「ブレグジット(イギリスのEU離脱)の日には、このように塗り替えるつもりだった」と、自身のインスタで公表したのがこの写真。EU旗が崩れ落ちても、イギリスを象徴する星だけは未だに削り落とせずに残っていますね。幻となったこの新作は、欧州統合を目指すEUの価値観を否定しつつ、延期を重ねて一向に離脱しない英国を批判するメッセージが込められているものと考えられます(英国が離脱したのは2020年1月31日)。
元々の作品が白ペンキで塗りつぶされたことについて、バンクシーは「別に構わない。大きな白い旗が僕の言いたいことを語ってくれるだろうから」と皮肉っています。
《Developped Parliament》
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元々は、2009年に”Question Time”と題して描かれた油彩画。細部に手を加えたのち、EU離脱が迫る2019年、”Developped Parliament”(退化した議会)と改題されました。
英国下院で議論している政治家たちをチンパンジーに置き換えたこの作品は、EU離脱問題で揺れていた議会を風刺したもの。バンクシーは「今は笑え、でもいつかは誰も責任をとらなくなる」というコメントを添えています。
《The Royal Family》
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バッキンガム宮殿のバルコニーから手を振るイギリス王室を道化風に描いた作品。建物のオーナーは壁画をそのまま残すつもりでしたが、市の職員が誤って大部分を黒いペンキで上塗りしてしまったそうです。
《Turf War》
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”Turf War”は、2003年7月に開かれたバンクシーの初個展。”Turf”は芝や敷地の意味で、"Gulf War(湾岸戦争)”をもじったものです。
2000年のメーデーにロンドンで起こった暴動で、チャーチル元首相の銅像にモヒカンのように緑の芝生(turf)を頭に載せるといういたずらが発生しました。バンクシーはそれをいたく気に入り、「ここ10年で最高のVandalism(芸術的破壊行為)だ」と語ったそうです。このいたずらをバンクシー流に作品化したものがこの ”Turf War” なのだとか……。
《ONE NATION UNDER CCTV》
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壁に「CCTV(監視カメラ)の下で、国民よ一つになれ」というメッセージを書く少年。その様子を警察犬を連れた警察官が地上から撮影しています。世の中が進化するほど監視の目が強化され、プライバシーが失われるというバンクシーの危機感が伝わる作品です。右に見える監視カメラは本物という点が、このメッセージに緊迫性を与えていますね。
《What are you looking at?》
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これも同じような意図のもとに制作されたシンプルな作品です。監視カメラが覗く先の壁に ”What are you looking at?” ロンドンに設置された多数の監視カメラを揶揄し、プライバシーの侵害や過剰な情報社会に対する批判が込められています。
《Mild Mild West》
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バンクシーがまだ名を知られる前、ごく初期の作品 ”Mild Mild West” 。テティベアが機動隊に向かって火炎瓶を投げつけようとしています。
この頃ブリストル(バンクシーの出身地)では、無許可のレイブパーティ(ダンス音楽を一晩中流す大規模な音楽イベント)が流行し、警察の弾圧を受けていたことに対する反発を表わしたものと言われています。
《Napalm》
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ミッキーマウスとドナルド・マクドナルドに手を引かれている少女に記憶のある方は多いと思います。ベトナム戦争のさなか、南ベトナム軍が投下したナパーム弾で大やけどを負い、泣きながら逃げる子供たちを撮った報道写真です。この写真は『戦争の恐怖』と題して世界中に配信され、撮影したAP通信のベトナム人カメラマン、フィン・コン・ウト氏はピューリッツァー賞を受賞しました。
ミッキーとマクドナルドはアメリカを象徴する存在で、バンクシーの反戦・平和主義や反資本主義を表わしています。
この空襲で重度の火傷を負ったファン・ティー・キムフックさん(中央の少女、当時9歳)は一命は取りとめたものの、この後17回にも及ぶ手術を受けました。国際的な反戦活動家として活躍する彼女は結婚して2児の母となり、現在はベトナム人のご主人とともにカナダで暮らしておられるそうです。
《FLAG》
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2006年に公開されたクリント・イーストウッド監督「父親たちの星条旗」で再び話題になった報道写真「硫黄島の星条旗」をモチーフに、バンクシーが制作した作品。元になったのは、太平洋戦争中の1945年2月23日、硫黄島・摺鉢山の頂上に星条旗を掲げる6人の兵士を撮影した写真です。撮影した戦場カメラマン ジョー・ローゼンタールは、二次大戦で最も悲惨な戦闘と言われる硫黄島の戦いを伝えたと評価され、その年のピューリッツァー賞を受賞しました。
星条旗を掲げる子供たち、動かなくなったボロボロの車、硫黄島の星条旗をモチーフに描いた”FLAG”....その意図は明らかではありませんが、戦争の悲惨さや虚しさ、反資本主義のメッセージを込めたもののようにも思えます。
《Applause》
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同じく戦争の様相をモチーフにした作品。2003年に始まったイラク戦争では、米軍による空爆の映像などが24時間ノンストップで世界中に配信されました。まるでTVショーのように繰り広げられる戦争の報道。空母上の戦闘員が掲げている ”Applause” とは「拍手喝采、称賛」と言った意味で、TV収録などでディレクターが観客に拍手を促すときに、こうしたフリップが出されます。バンクシーはこれに、出撃する戦闘機に ”Applause(拍手)” とサインを送ることを重ねて、戦争報道のあり方を揶揄しているのでしょう。
《No Ball Games》
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2人の子供が ”No Ball Games(球技禁止)” と書かれた標識で遊んでいます。禁止するばかりで、子供たちのための遊び場も作らないことに対する批判が込められいるのだと思います。
《Pulp fiction》
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映画『パルプ・フィクション』で、主演のジョン・トラボルタとサミュエル・L・ジャクソンが拳銃を構えるシーンですが、バンクシーは拳銃をバナナに置き換えました。(ちなみにこの映画、私も観たことがあります)
ロンドンのオールド・ストリート駅近郊の壁に描かれたこの作品は市民に人気でしたが、ロンドン交通局によって消去されました。するとバンクシーは同じ場所に、拳銃を構えるトラボルタとジャクソンにバナナの着ぐるみを着せた、新しいパルプ・フィクションを描いたのです。交通局に対するバンクシーの見事な応酬が話題を呼び、”Pulp fiction” の人気をますます高めたのだそうです。
《Dismaland》
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ディズマランドは、バンクシーが2015年に5週間限定でオープンしたテーマパーク。”disma" は「不愉快」「陰鬱」という意味の“dismal” からとったもので、”Amusement Park” ではなく ”Bemusement(困惑) Park” と呼びました。TESCOの企業スローガンをもじって ”Very Little Helps” とやったように、バンクシーはシャレや言葉遊びが好きなのかもしれませんね。
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Dismalandは、夢の国ではなく憂鬱の国。パーク内のすべてのものが陰鬱で、違和感に満ちていたそうです。
《Police riot track》
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"riot” とは「暴動」「騒動」「反乱」といった意味。警察車両が反乱を起こして、子供たちの遊び場になるという意味合いなのでしょうか。
この作品は、ディズマランドの開園を手伝ってくれたアーティストへのプレゼントとして制作されました。
《The walled off hotel》
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バンクシーがプロデュースしたベツレヘムのホテル。ホテルの前はイスラエルとパレスチナを分断する壁が築かれているので、”walled off” 。別名「世界一眺めの悪いホテル」と呼ばれます。外観・内装ともにバンクシーらしい風刺に満ちており、まるでテーマパークのようなホテルだそうです。ストリートアートや絵画だけではなく、ホテルまで手掛けていたんですね。
《Love is in the air》
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覆面の青年が投げ込もうとしているのは、火炎瓶や手りゅう弾ではなく花束。反戦や非暴力など、平和への祈りのメッセージが込められています。元々はベツレヘム郊外にある建物の壁に描かれたもので、バンクシーのグラフィティの中で最も知られている作品でしょう。私も一番好きなバンクシー作品のひとつです。”Flower Thrower” や ”Flower Bomber” などの別名で呼ばれることもあるようです。
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前編でも載せましたが、3枚の組み合わせで構成された作品も展示されていました。
《God bless Birmingham》
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ホームレスの男性が大きな荷物を枕にベンチに寝転ぶと、レンガの壁に描かれた2頭のトナカイに引かれて、夜空に舞い上がるサンタクロースのよう。グラフィティと動画を組み合わせた、新しいタイプの作品です。自身のインスタに映像を投稿しているそうですから、ひょっとすると見ることができるかもしれませんね。
《Venice in Oil》
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この作品も動画で表現されています。いくつかのキャンバスをパズルのように組み合わせると、ヴェネツィア運河を漂う白い大きなクルーズ船が姿を現します。巨大なクルーズ船から排出される油による海洋汚染へのバンクシーのメッセージが込められています。
《Bathroom》
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バスルームで傍若無人にいたずらを繰り広げるネズミが描かれています。バンクシーはこの作品をインスタに揚げ、「家で仕事をすると、妻にひどく嫌がられる」とコメントを添えているそうです。便器の下の部分は敢えてカットししました (^-^)ゞ
《Girl with Heart Baloon》
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「風船と少女」は、バンクシーが長年描き続けるモチーフで、赤いハートの風船は、愛や希望を表現したものと言われています。このシリーズは世界各地で描かれていますが、その土地ならではの問題に即してアレンジが加えられるそうです。
”Love is in the air” と並んで最も有名なバンクシー作品のひとつですね。
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『バンクシー展 天才か反逆者か』には、初期のころから最近まで70点以上の作品が展示されており、見ごたえのある展覧会でした。皮肉や風刺が前面に出過ぎた作品には違和感を禁じ得ないものの、ステンシル画に込められたメッセージには共感を抱かせるものが多くありました。
「天才か反逆者か」は別として、ともすればいたずらの延長線でしかなかったグラフィティをアートに昇華させたことや、世界中の著名な美術館などに潜入し自身の作品を展示したことなど、「誰も成しえなかったことをやり遂げた」という本来の意味のみならず、「豪快で大胆」でもあり、まさに「破天荒」なアーティストであることは間違いないと思います。これから公開される作品にも大いに興味が湧いてきました。
(写真は、ミュージアムショップで購入した絵葉書 ”Love is in the air”)