北九州市戸畑区の丘陵に建つ北九州市立美術館本館。その独特の形状から「丘の上の双眼鏡」という愛称で呼ばれるこの建物は、建築界のノーベル賞と称されるプリツカー賞を受賞した建築家、磯崎 新氏の設計によるものです。
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双眼鏡の下に植えられたマメザクラとエドヒガンザクラの交雑種である四季桜は、10月から翌年4月までちらほらと愛らしい花を咲かせてくれます。
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市立美術館では今、『ロートレックとベル・エポックの巴里----1900年』を開催中です。【21.12.18(土)~22.2.6(日)】
19世紀の終わりから20世紀初めにかけて、パリでは急速に都市化が進むと同時に、新聞・雑誌、映画、ダンスや音楽など、大衆文化が花開きました。この時代は、のちに「ベル・エポック(美しき時代、良き時代)」と呼ばれ、美術の世界でも、象徴主義やアール・ヌーヴォー、フォーヴィスムなどの革新的な運動が起こり、パリの人々は、第一次世界大戦までのつかの間の繁栄を謳歌したのです。
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「ベル・エポック」と聞いて思い出すのは、映画『ミッドナイト・イン・パリ』。小説家志望の主人公ギルが1920年代にタイムスリップし、ヘミングウェイやフィッツジェラルドと交流するというファンタジックな映画ですが、そこで出会った女性アドリアナは、「現代」よりも「ベル・エポック」こそパリが最も輝いていた時代だと語ります。そして、ギルとアドリアナはベル・エポックにタイムスリップし、とあるキャバレーで出会ったのがロートレックでした。
それほどに、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864-1901)は、ベル・エポックの享楽的な雰囲気を象徴する芸術家のひとりなのです。南仏の名門貴族の家に生まれながら、そこに居場所を見つけられず退廃的な生活に明け暮れた彼は、社会の底辺に生きる人々に共感を寄せ、キャバレーやダンス・ホールに集う人々を描き続けました。
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『ディヴァン・ジャポネ(日本の長椅子)』
ベル・エポックの時代、パリで流行していたカフェ・コンセール(音楽喫茶)のひとつ、ディヴァン・ジャポネ(日本の長椅子)の開店案内のポスター。中央の女性は、ロートレックお気に入りの踊り子、ジャンヌ・アヴリル。当時フランスでは、ジャポニスム(日本趣味)がもてはやされており、ロートレックもその影響を強く受けていたと言われています。
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『エグランティーヌ嬢一座』
フレンチカンカン一座のロンドン公演に際して依頼されたポスター。制作に関しては詳細な依頼が行われましたが、ロートレックはそれには全く無頓着で、描きたいように描きました。踊り子の表情は暗く、お互いに睨みあっているようにも見えます。実際、このロンドン公演の後、この一座は反目しあって解散してしまったのだそうです。
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『メイ・ミルトン』
ロートレックが入り浸っていたキャバレー ムーランルージュで活躍していた踊り子、メイ・ミルトン。自身のアメリカ興行のために依頼したポスターです。
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この絵は、ピカソの『青い部屋』の背景に描かれています。若き日のピカソは、自分の部屋にロートレックのポスターを飾って楽しんでいたのですね。
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『ラ・ヴュル・ブランシュ』誌に描かれた作品。ラ・ルヴュ・ブランシュ誌は、1889年ベルギーで創刊された前衛芸術雑誌で、著名な作家や芸術家の作品を掲載して高い評価を得ていました。この作品は、発行人のタデ・ナタンソンに依頼されたの広告ポスターで、ロートレックはナタンソンの妻ミシア・ゴデブスカをモデルとして、洗練された、若々しく教養のある、魅力的な女性の典型として描いています。
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『アルティザン・モデルヌ』
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撮影可能だったのはこの部屋まででしたが、このほかにもミュシャやエドガー・ドガ、ラウル・デュフィ、ルイジ・ロワールらの作品 約300点を展示し、パリの華やかなりし時代を映し出しています。
ロートレックやミュシャの作品をタペストリーにして展示していた廊下。
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ロートレックと同時代を生き、ポスターの黄金時代を築き上げたアルフォンス・ミュシャの作品(タペストリー)。
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こちらは市立美術館の収蔵品を展示する常設展です。
ピエール=オーギュスト・ルノワール『麦わら帽子を被った女』
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エドガー・ドガが親友のマネに贈った『マネとマネ夫人像』。理由は明らかではありませんが、マネはこの絵が気に入らず、絵の一部を切り取ってしまいました。
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視力が衰える晩年まで睡蓮の連作に取り組んだクロード・モネ。様々な睡蓮の絵を残していますが、この『睡蓮、柳の反影』は、最も暗い色調のひとつかもしれません。
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2年続きのコロナ禍となった令和3年も、いよいよ終わろうとしています。
今年もつたないブログにお立ち寄りいただき、本当にありがとうございました。
温かいコメントが励みになりました。
新しい年が、皆さまにとって穏やかで明るい一年となりますように。
よい年をお迎えください。
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双眼鏡の下に植えられたマメザクラとエドヒガンザクラの交雑種である四季桜は、10月から翌年4月までちらほらと愛らしい花を咲かせてくれます。
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市立美術館では今、『ロートレックとベル・エポックの巴里----1900年』を開催中です。【21.12.18(土)~22.2.6(日)】
19世紀の終わりから20世紀初めにかけて、パリでは急速に都市化が進むと同時に、新聞・雑誌、映画、ダンスや音楽など、大衆文化が花開きました。この時代は、のちに「ベル・エポック(美しき時代、良き時代)」と呼ばれ、美術の世界でも、象徴主義やアール・ヌーヴォー、フォーヴィスムなどの革新的な運動が起こり、パリの人々は、第一次世界大戦までのつかの間の繁栄を謳歌したのです。
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「ベル・エポック」と聞いて思い出すのは、映画『ミッドナイト・イン・パリ』。小説家志望の主人公ギルが1920年代にタイムスリップし、ヘミングウェイやフィッツジェラルドと交流するというファンタジックな映画ですが、そこで出会った女性アドリアナは、「現代」よりも「ベル・エポック」こそパリが最も輝いていた時代だと語ります。そして、ギルとアドリアナはベル・エポックにタイムスリップし、とあるキャバレーで出会ったのがロートレックでした。
それほどに、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864-1901)は、ベル・エポックの享楽的な雰囲気を象徴する芸術家のひとりなのです。南仏の名門貴族の家に生まれながら、そこに居場所を見つけられず退廃的な生活に明け暮れた彼は、社会の底辺に生きる人々に共感を寄せ、キャバレーやダンス・ホールに集う人々を描き続けました。
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『ディヴァン・ジャポネ(日本の長椅子)』
ベル・エポックの時代、パリで流行していたカフェ・コンセール(音楽喫茶)のひとつ、ディヴァン・ジャポネ(日本の長椅子)の開店案内のポスター。中央の女性は、ロートレックお気に入りの踊り子、ジャンヌ・アヴリル。当時フランスでは、ジャポニスム(日本趣味)がもてはやされており、ロートレックもその影響を強く受けていたと言われています。
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『エグランティーヌ嬢一座』
フレンチカンカン一座のロンドン公演に際して依頼されたポスター。制作に関しては詳細な依頼が行われましたが、ロートレックはそれには全く無頓着で、描きたいように描きました。踊り子の表情は暗く、お互いに睨みあっているようにも見えます。実際、このロンドン公演の後、この一座は反目しあって解散してしまったのだそうです。
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『メイ・ミルトン』
ロートレックが入り浸っていたキャバレー ムーランルージュで活躍していた踊り子、メイ・ミルトン。自身のアメリカ興行のために依頼したポスターです。
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この絵は、ピカソの『青い部屋』の背景に描かれています。若き日のピカソは、自分の部屋にロートレックのポスターを飾って楽しんでいたのですね。
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『ラ・ヴュル・ブランシュ』誌に描かれた作品。ラ・ルヴュ・ブランシュ誌は、1889年ベルギーで創刊された前衛芸術雑誌で、著名な作家や芸術家の作品を掲載して高い評価を得ていました。この作品は、発行人のタデ・ナタンソンに依頼されたの広告ポスターで、ロートレックはナタンソンの妻ミシア・ゴデブスカをモデルとして、洗練された、若々しく教養のある、魅力的な女性の典型として描いています。
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『アルティザン・モデルヌ』
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/60/98049b2d1b487b6dfbad4b6c6872beae.jpg)
撮影可能だったのはこの部屋まででしたが、このほかにもミュシャやエドガー・ドガ、ラウル・デュフィ、ルイジ・ロワールらの作品 約300点を展示し、パリの華やかなりし時代を映し出しています。
ロートレックやミュシャの作品をタペストリーにして展示していた廊下。
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ロートレックと同時代を生き、ポスターの黄金時代を築き上げたアルフォンス・ミュシャの作品(タペストリー)。
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こちらは市立美術館の収蔵品を展示する常設展です。
ピエール=オーギュスト・ルノワール『麦わら帽子を被った女』
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エドガー・ドガが親友のマネに贈った『マネとマネ夫人像』。理由は明らかではありませんが、マネはこの絵が気に入らず、絵の一部を切り取ってしまいました。
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視力が衰える晩年まで睡蓮の連作に取り組んだクロード・モネ。様々な睡蓮の絵を残していますが、この『睡蓮、柳の反影』は、最も暗い色調のひとつかもしれません。
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2年続きのコロナ禍となった令和3年も、いよいよ終わろうとしています。
今年もつたないブログにお立ち寄りいただき、本当にありがとうございました。
温かいコメントが励みになりました。
新しい年が、皆さまにとって穏やかで明るい一年となりますように。
よい年をお迎えください。