東京に住む友人が、家族で福岡を訪ねてくれました。友人と私、奥さんと私の妻、夫婦同士、息子さんと私たちという組み合わせでは何度か会っているのですが、5人全員が揃うのは20年ぶり。北九州空港で3人を出迎え、そのまま関門海峡へに向かいました。
関門大橋の袂、めかり公園の展望台からの眺めです。この日の朝は濃い春霞のため、近くの山々さえ霞んでまるで水墨画のようだったのですが、幸い到着したころには、対岸の下関市もうっすらと見えるほどに視程も回復。ほっと一安心です (^^♪
山口県に足を踏み入れたことがないという友人の息子さん。この公園のすぐ近くに関門海峡人道トンネルがあるので、歩いて本州側に渡るのもいい経験になるかなとも考えたのですが、予約していたランチにぎりぎりの時間だったので断念しました。
目の前の海は、源平合戦最後の舞台となった壇ノ浦。これに因んで、有田焼の陶板で描かれた「源平壇之浦合戦絵巻」が展示されています(高さ3m、横幅44m)。
明治から昭和初期にかけて九州の玄関口として発展し、日本三大港の一つとされた門司港。門司港レトロ地区は、その当時建設されたレンガ造りの建物が残る、ノスタルジックな雰囲気を感じさせます。ランチの後は、海風を感じながら暫しその一帯を散策しました。
写真左は、故黒川紀章氏が設計した高層マンション、レトロハイマート。最上階は展望台になっています。その隣のレンガの建物は、明治45年(1912)に建設された旧門司税関。今も、各種イベント会場として利用されています。
歩行者専用の跳ね橋、ブルーウィング門司。手前の大きい方が24m、向こう側は14m。1時間に1回、観光船が通過するときに、水面と60度の角度に跳ね上がります。
関門トンネルの開通までは、九州の玄関口としてにぎわった門司港駅。駅舎は重要文化財に指定されています(現役の駅舎で重要文化財指定を受けているのはこの駅と東京駅丸の内駅舎だけ)。
2012年から7年かけて、駅舎保存工事が行われ、往時のレトロな構内が再現されています。
2階の貴賓室。大正時代には、天皇陛下をはじめ皇太子陛下や皇后陛下も行幸啓で訪れ、休憩所として使われました。
大正10年(1921)、三井物産の宿泊・社交施設として建てられた旧門司三井倶楽部(重要文化財)。
大正11年、講演旅行のため来日したアインシュタイン夫妻が宿泊した部屋が「アインシュタイン・メモリアルルーム」として当時のまま再現されています。また、門司出身の作家 林芙美子の自筆原稿やパリ滞在日記などを展示する「林芙美子記念室」もありますが、残念ながらこの時は、保存修理・耐震改修工事のためいずれも休館中でした。
次に訪れたのは門司鉄道記念館。
9台の往年の名車両が並ぶ車両展示場。
寝台特急「あさかぜ」などを牽引した蒸気機関車C59 1には、先月亡くなった松本零士さんを追悼するため、銀河鉄道999のヘッドマークが取り付けられていました。
車両本体はもちろん、車輪や連結棒なども手入れが行き届いて見事にピカピカです。
その翌日の読売新聞地域版。銀河鉄道999のヘッドマークや館内の追悼コーナーのことが紹介されていました。松本零士さんは鉄道記念館の名誉館長を務めておられたのですね。驚いたのは、記事に添付されていた写真。友人の奥さんと私が、車輪の大きさや管理の良さに感心している様子が映っていました(笑)
北九州市にゆかりのある松本零士さん。多くの場所で追悼の意を表する行事が行われています。こちらは友人たちを出迎えた北九州空港。到着ロビーのモニターで松本さんの追悼番組が放映されていました。
小倉駅周辺には、松本零士さんの作品をデザインしたモニュメントやマンホール蓋などがたくさんあります。
私もそんなモニュメントを探して、何度か小倉市街地を撮り歩きました。
鉄道記念館の話題に戻ります。
機関士、機関助士が執務する運転室。操縦と焚火に利用する機材や計器類がぎっしりです。
昭和初期の機械式気動車キハ07 41。半円形のスタイルが郷愁を誘いますね。このタイプで原形を保っているのはこの車両だけで、令和4年、国の重要文化財に指定されました。
意外と広々とした印象を受ける車内。
初の寝台電車特急としてデビューしたクハネ581系。夜間は寝台特急「月光」、昼間は座席特急「みどり」として運行されました。
ブルートレインの愛称で親しまれたスハネフ14-11。九州では、寝台特急「さくら」「みずほ」「はやぶさ」「富士」の客車として大活躍しました。
大正24年に竣工した旧九州鉄道本社ビル。今は鉄道記念館本館として利用されています。
2階から1階を鳥瞰したところ。
懐かしく歴史的な列車のヘッドマークも常設展示されています。
若戸大橋と路面電車。こんな時代があったのですね~。
近ごろは旨い日本酒を探すのが楽しみという友人からのお土産、大雪山系の麓で造られた「上川大雪 純米吟醸」と、搾ってすぐに出荷される萬乗醸造の生酒「醸し人九平次 うすにごり」です。私のために選んでくれた気持ちをありがたくいただきました。
まずは上川大雪を開封。ほどよい果実香が感じられ、しっとりと美味しい吟醸でした。
こちらもお土産のTWGの紅茶とEASEのクッキーでティータイム。とても香りのよい3種類の紅茶は、息子さんが選んでくれたのだそうです。まず最初は、甘い香りのSWEET FRANCE TEAにしました。
アーモンドはウイスキーと一緒に……。
夜は小倉の居酒屋「百舌のしわざ」で和気あいあいと夕食会。門司港ホテルのランチや、博多の食事会などと併せて、また改めてアップします。
関門大橋の袂、めかり公園の展望台からの眺めです。この日の朝は濃い春霞のため、近くの山々さえ霞んでまるで水墨画のようだったのですが、幸い到着したころには、対岸の下関市もうっすらと見えるほどに視程も回復。ほっと一安心です (^^♪
山口県に足を踏み入れたことがないという友人の息子さん。この公園のすぐ近くに関門海峡人道トンネルがあるので、歩いて本州側に渡るのもいい経験になるかなとも考えたのですが、予約していたランチにぎりぎりの時間だったので断念しました。
目の前の海は、源平合戦最後の舞台となった壇ノ浦。これに因んで、有田焼の陶板で描かれた「源平壇之浦合戦絵巻」が展示されています(高さ3m、横幅44m)。
明治から昭和初期にかけて九州の玄関口として発展し、日本三大港の一つとされた門司港。門司港レトロ地区は、その当時建設されたレンガ造りの建物が残る、ノスタルジックな雰囲気を感じさせます。ランチの後は、海風を感じながら暫しその一帯を散策しました。
写真左は、故黒川紀章氏が設計した高層マンション、レトロハイマート。最上階は展望台になっています。その隣のレンガの建物は、明治45年(1912)に建設された旧門司税関。今も、各種イベント会場として利用されています。
歩行者専用の跳ね橋、ブルーウィング門司。手前の大きい方が24m、向こう側は14m。1時間に1回、観光船が通過するときに、水面と60度の角度に跳ね上がります。
関門トンネルの開通までは、九州の玄関口としてにぎわった門司港駅。駅舎は重要文化財に指定されています(現役の駅舎で重要文化財指定を受けているのはこの駅と東京駅丸の内駅舎だけ)。
2012年から7年かけて、駅舎保存工事が行われ、往時のレトロな構内が再現されています。
2階の貴賓室。大正時代には、天皇陛下をはじめ皇太子陛下や皇后陛下も行幸啓で訪れ、休憩所として使われました。
大正10年(1921)、三井物産の宿泊・社交施設として建てられた旧門司三井倶楽部(重要文化財)。
大正11年、講演旅行のため来日したアインシュタイン夫妻が宿泊した部屋が「アインシュタイン・メモリアルルーム」として当時のまま再現されています。また、門司出身の作家 林芙美子の自筆原稿やパリ滞在日記などを展示する「林芙美子記念室」もありますが、残念ながらこの時は、保存修理・耐震改修工事のためいずれも休館中でした。
次に訪れたのは門司鉄道記念館。
9台の往年の名車両が並ぶ車両展示場。
寝台特急「あさかぜ」などを牽引した蒸気機関車C59 1には、先月亡くなった松本零士さんを追悼するため、銀河鉄道999のヘッドマークが取り付けられていました。
車両本体はもちろん、車輪や連結棒なども手入れが行き届いて見事にピカピカです。
その翌日の読売新聞地域版。銀河鉄道999のヘッドマークや館内の追悼コーナーのことが紹介されていました。松本零士さんは鉄道記念館の名誉館長を務めておられたのですね。驚いたのは、記事に添付されていた写真。友人の奥さんと私が、車輪の大きさや管理の良さに感心している様子が映っていました(笑)
北九州市にゆかりのある松本零士さん。多くの場所で追悼の意を表する行事が行われています。こちらは友人たちを出迎えた北九州空港。到着ロビーのモニターで松本さんの追悼番組が放映されていました。
小倉駅周辺には、松本零士さんの作品をデザインしたモニュメントやマンホール蓋などがたくさんあります。
私もそんなモニュメントを探して、何度か小倉市街地を撮り歩きました。
鉄道記念館の話題に戻ります。
機関士、機関助士が執務する運転室。操縦と焚火に利用する機材や計器類がぎっしりです。
昭和初期の機械式気動車キハ07 41。半円形のスタイルが郷愁を誘いますね。このタイプで原形を保っているのはこの車両だけで、令和4年、国の重要文化財に指定されました。
意外と広々とした印象を受ける車内。
初の寝台電車特急としてデビューしたクハネ581系。夜間は寝台特急「月光」、昼間は座席特急「みどり」として運行されました。
ブルートレインの愛称で親しまれたスハネフ14-11。九州では、寝台特急「さくら」「みずほ」「はやぶさ」「富士」の客車として大活躍しました。
大正24年に竣工した旧九州鉄道本社ビル。今は鉄道記念館本館として利用されています。
2階から1階を鳥瞰したところ。
懐かしく歴史的な列車のヘッドマークも常設展示されています。
若戸大橋と路面電車。こんな時代があったのですね~。
近ごろは旨い日本酒を探すのが楽しみという友人からのお土産、大雪山系の麓で造られた「上川大雪 純米吟醸」と、搾ってすぐに出荷される萬乗醸造の生酒「醸し人九平次 うすにごり」です。私のために選んでくれた気持ちをありがたくいただきました。
まずは上川大雪を開封。ほどよい果実香が感じられ、しっとりと美味しい吟醸でした。
こちらもお土産のTWGの紅茶とEASEのクッキーでティータイム。とても香りのよい3種類の紅茶は、息子さんが選んでくれたのだそうです。まず最初は、甘い香りのSWEET FRANCE TEAにしました。
アーモンドはウイスキーと一緒に……。
夜は小倉の居酒屋「百舌のしわざ」で和気あいあいと夕食会。門司港ホテルのランチや、博多の食事会などと併せて、また改めてアップします。
歴史を感じさせる建物やその他 美しい街ですね
TWG Teaは私も大好きです
このあたり一帯は明治から昭和にかけて、九州と本州を結ぶ海陸交通の要衝であるとともに、朝鮮半島や大陸に向けた日本の窓口でした。
また、その昔は源氏と平家の最後の決戦の場となり、江戸末期には長州藩が欧米列強を相手に戦いを挑んだ場所でもあるなど、どこか関門海峡は日本人のノスタルジーを誘うような気がします(^^ゞ
TWG、香りがよくて美味しいですね~♪
今回もまたいいお天気でよかったです。まさに「晴れ男」ですね(^^)/
関門トンネルっで本州と結ばれるまで、ここが「門司駅」でした。
門司(港)は、旧九州鉄道の本社が置かれるなど、九州の鉄道の中枢だったようです。
「門司車掌区」という区域割りなどにもその面影が残されています。
鉄道記念館は全国に何か所かあるみたいですね。
友人の奥さんが鉄道ファンなので、是非ここにはお連れしたいと思っていました。
喜んでもらえましたよヽ(^o^)丿
朝のうちは春霞で、視界が全く開けていませんでした。
飛行機が着陸できず引き返してしまうのを心配したくらいです。
無事到着して、関門海峡に着くころには青空がのぞくくらいまで回復してくれて助かりました。
「晴れ男」と呼んでいただいたのは初めてです(笑)
ありがとうございます。
コロナでなかなか人に会えなかったけれど、やっぱり人と会わないとあきませんね。
「源平壇之浦合戦絵巻」に目が釘付けです。
有田焼!ブルーがとてもきれい。
グラデーションも素晴らしい。
レトロビル内の貴賓室の様子もステキ。
うっとりします。
そして、おいしいお酒とお菓子。mustですね。
やはり、それぞれの家族みんなが揃うのは嬉しいですね。
初めて会った頃、息子さんは小学1年生に編入したばかりだったんですよ。
それが、しっかり周囲に気遣いができる素敵な社会人になっていて感動です。
源平合戦絵巻、実際に見たら大きくてびっくりしますよ〜(笑)
有田焼っていいですよね。
お土産の焼き菓子やお酒も、本当に美味しかったです。
友人の奥さんは、ご自身でも焼き菓子をよく作られるのですが、これがまた絶品なんですよ〜♪