平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

JIN -仁- 第8話 自分の器を生きる 

2009年11月30日 | 大河ドラマ・時代劇
 実に豊かな作品ですね。
 たとえば女形役者の田之介(吉沢悠)。
 単純に女郎・初音(水沢エレナ)に不義理している悪い奴と描かない。
 彼にとって稼いだ金は<血と肉>の結果であり、自分の身を削ろうとしないお坊ちゃん、恭太郎(小出恵介)を非難するのだ。
 悪を悪として描くのは簡単。しかし、悪にも悪の論理、プライドがある。
 それを描いてくれると人物が深くなるんですね。
 「この田之介、命には命で応じるさ。おととい来やがれ!」
 と、新ペニシリンを我が物にしようとする中条流の医者に啖呵を切る所もカッコイイ!

★さて今回のテーマは<器>。
 説得して五千両を引き出すことの出来る龍馬(内野聖陽)。
 新ペニシリンの開発費四百両を作れない仁(大沢たかお)。
 初音に眼鏡を与える費用を家宝の器を売ることでしか作れない恭太郎。
 三人三様の大きさの<器>が描かれる。
 そして仁と恭太郎は龍馬と比較して自分の器の小ささに劣等感を抱いている。
 でも人は<自分の器>の中で精一杯生きればいいんですね。
 仁は<医術>という器。
 恭太郎は<護衛>という器。
 <護衛>とは、この場合<他人のために身を捨てられる>ということ。
 恭太郎は江戸にタイムスリップした仁を身を捨てて助け、今回は身を捨てて新ペニシリンを守った。

 現代では<自分探し>ということがよく言われますが、自分探しとは他人と比較して自分も同じようになろうと言うことではなく、自分の器を見定めよということなんですね。
 ただ「自分の器の大きさは決まっていて、すごく小さい」と認めることはなかなかつらい。
 器の大きさが決まっているのだから、努力なんてしてもムダだとも考えてしまう。
 だが、この作品はそれにも答えを出している。
 ヤマサ醤油の濱口(石丸謙二郎)は仁に言う。
 「自分の器の中で精一杯生きることは美しい」。
 初音も前回同じことを言った。
 「小さな器も美しい」

★この作品にはこのような<人生の教訓>がたくさん盛り込まれている。
 「欲は生きる源じゃ」もそうだし、今回もうひとつ語られた「誰もが誰かに支えられて生きている」というのもそう。
 人はそれぞれ持って生まれた器が違うのだから、お互い得意分野で支え合っていくしかないのだが、そんな単純な真理も現代社会では忘れてしまいがち。
 「JIN -仁-」はある意味説教くさいドラマとも言えますが、せっかくドラマを見るなら何かを学び取っていきたいですね。

※追記
 人物の深さという点では初音もそう。
 恭太郎に思わせぶりをして、実は田之介に思いを寄せている。
 そんな自分を初音は責める。
 「あちきは人でなしでありんす。女郎のくせに嘘をつくことも出来んす」
 これが深い人間描写なんですね。
 初音にこのせりふを言わせるか言わせないかで、ドラマの深さが違ってくる。
 この初音の言葉に対し、「おのれの気持ちに嘘はつけませぬ。せんないことかと思います」と答えた咲(綾瀬はるか)のせりふも見事。
 このせりふは初音に言いながら、実は自分に言っているんですね。

 あらゆる登場人物に愛情を持って深く描き込んでいくこの作家さんは素晴らしい。
 比較するのはこれでやめますが、先週終了した某大河ドラマとはえらく違います。


コメント (10)
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