平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

仕立て屋の恋

2009年11月27日 | 洋画
 仕立て屋のイール(ミシェル・ブラン)は疎外された男。
 誰も彼を好きになってくれないし、彼も自分を疎外する人間たちを嫌っている。
 また自分の心の中に踏み込んでくる人間がいればヒステリックに拒絶する。
 絶対の孤独だ。

 そんなイールが唯一癒される時間は、向かいのビルに住むアリス(サンドリーヌ・ボネール)を見つめる時だ。
 彼はアリスに恋している。
 そしてひたすら遠くから見つめる。朝も夜も着替える時も。
 それは世間一般の目から見れば<のぞき>という犯罪行為だが、彼にとっては恋愛行為。
 人間に傷つけられてきたイールは、アリスとの距離を縮めようとすることなど出来ないのだ。
 遠くから見つめることで成り立っている恋。近づけば、たちまちアリスに傷つけられ、彼の至福の時間はたちまち崩壊してしまうだろう。

 さて、そんな生活を送っていたイールだが、ある日、のぞきがアリスにばれてしまう。
 崩れるイールの理想の生活。抗議のアリスがイールの部屋の扉を叩く。
 だがアリスは抗議はしたが、イールを完全に否定はしなかった。
 イールの自分への気持ちを感じ、「あなたはやさしいそうだから、見られるのは嫌じゃない」と言い、おまけに食事にまで誘う。
 アリスがそうしたのにはある理由があるからだが、ここではネタバレになるので書かない。
 イールもアリスが自分に近づいてきた理由にうすうす感づいているようだ。
 ただ、イールはどんな理由でされアリスが自分を受け入れ、自分も彼女といっしょにいて心地いいことが嬉しくてしょうがない。
 灰色だったイールの人生に色彩が加わる。
 もう一度、人を信じ、距離を縮めてみようと思い、アリスとの生活を願うようになる。
 彼はアリスにこう言う。
 「私は君を人生を賭けて愛す。始めは愛してくれなくてもいい。君のペースで少しずつ愛してくれればいい」
 そして……。

 この作品は<せつない>作品だ。
 自分には誰も愛してくれる人がいない、そんなことを感じた時に見るとイールの孤独、愛への希求が染み入るようにわかる。
 ラストは決して救われるものではないが、少なくとも孤独な自分を深く知ることが出来る。
 映画は孤独を癒す装置なのだ。
 
※追記
 こんなシーンがあった。
 自分の部屋に抗議にやって来たアリスの残り香を嗅ぐイール。
 彼女がベッドに座った部分に鼻を当てる。
 そしてアリスがつけていたのと同じ香水を買って、彼女を感じる。
 何というエロティック!
 そして彼はこんな愛し方しか出来ないのだ。
 この作品は<エロチック>と<せつない>が同居している所がすごい。
 普通はエロはエロであり、他のものと結びついたとしても「氷の微笑」のような<エロ>と<サスペンス>ですからね。
 まさにパトリス・ルコント監督の真骨頂。


コメント
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