平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

「銀河鉄道の夜」を読む②~色彩豊かな宮沢賢治の世界! 賢治の目に世界はどう見えていたのだろう?

2020年10月21日 | 小説
 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は色彩豊かな作品だ。
 たとえば、この天の川の描写。
 ジョバンニたちが列車の窓から見る天の川をこんなふうに表現している。

 青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。
 そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼のかげんか、ちらちら紫いろのこまかな波をたてたり、虹のようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光の三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、あるいは、あるいは四辺形、あるいは電や鎖の形、さまざまにならんで、野原いっぱいに光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振りました。するとほんとうに、そのきれいな野原の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫えたりしました。


 青白い、銀色、紫、虹色、橙、黄、青──
 そして至る所で光がきらきら輝いているのが思い浮かぶ。
 とうもろこし畑ではこんな描写。

 ちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞が赤い毛を吐いて真珠のような実みもちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増してきて、もういまは列のように崖と線路との間にならび、思わずジョバンニが窓から顔を引っ込こめて向う側の窓を見ましたときは、美しいそらの野原の地平線のはてまで、その大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられて、さやさや風にゆらぎ、その立派なちぢれた葉のさきからは、まるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石のように露がいっぱいについて、赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。

 緑、赤、真珠、金剛石(ダイヤモンド)──
 とうもろこしをこんなふうに表現するなんて凄すぎる!
「ひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石」なんて表現もゾクゾクする。

 日本の近代文学で、こんなふうに多彩な色を表現した作品は他にないだろう。

 オトマトペ(擬声語)も多用している。
 さらさら、ちらちら
 ぐるぐる、さやさや、きらきら

 宮沢賢治は日本文学において特異な作家である。
 特に『銀河鉄道の夜』。
 色彩が豊かすぎる。
 スケールが大きすぎる。
 生前、宮沢賢治は詩集と童話集を2冊出しただけでまったく売れず、評価も受けなかった。
 それは賢治の作品は時代よりはるかに先を行っていたからだろう。

 それにしても、
 空の天の川を見て、こんなことを空想できるなんて!
 賢治の目に世界はどう見えていたのだろう?

コメント (2)
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