平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

「永訣の朝」 宮沢賢治~けふのうちに とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ

2024年02月06日 | 
 昨日は雪が降った。今はみぞれになっている。
 そんな時に思い出したのが宮沢賢治のこの詩だ。
 死にゆく妹とし子に求められて、賢治は雪をすくいに行く。


 永訣(えいけつ)の朝
                  宮沢賢治
 けふのうちに
 とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
 みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
 (あめゆじゆとてちてけんじや)
 うすあかくいつそう陰惨(いんざん)な雲から
 みぞれはびちよびちよふつてくる
 (あめゆじゆとてちてけんじや)
 青い蓴菜(じゅんさい)のもやうのついた
 これらふたつのかけた陶椀(とうわん)に
 おまへがたべるあめゆきをとらうとして
 わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
 このくらいみぞれのなかに飛びだした
 (あめゆじゆとてちてけんじや)
 蒼鉛(そうえん)いろの暗い雲から
 みぞれはびちよびちよ沈んでくる
 ああとし子
 死ぬといふいまごろになつて
 わたくしをいつしやうあかるくするために
 こんなさつぱりした雪のひとわんを
 おまへはわたくしにたのんだのだ
 ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
 わたくしもまつすぐにすすんでいくから
 (あめゆじゆとてちてけんじや)
 はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
 おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
 そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
 ……ふたきれのみかげせきざいに
 みぞれはさびしくたまつてゐる
 わたくしはそのうへにあぶなくたち
 雪と水とのまつしろな二相系(にそうけい)をたもち
 すきとほるつめたい雫(しずく)にみちた
 このつややかな松のえだから
 わたくしのやさしいいもうとの
 さいごのたべものをもらつていかう
 わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
 みなれたちやわんのこの藍(あい)のもやうにも
 もうけふおまへはわかれてしまふ
 (Ora Orade Shitori egumo)
 ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
 あああのとざされた病室の
 くらいびやうぶやかやのなかに
 やさしくあをじろく燃えてゐる
 わたくしのけなげないもうとよ
 この雪はどこをえらばうにも
 あんまりどこもまつしろなのだ
 あんなおそろしいみだれたそらから
 このうつくしい雪がきたのだ
 (うまれでくるたて
 こんどはこたにわりやのごとばかりで
 くるしまなあよにうまれてくる)
 おまへがたべるこのふたわんのゆきに
 わたくしはいまこころからいのる
 どうかこれが兜率(とそつ)の天の食(じき)に変って
 おまへとみんなとに聖(きよ)い資糧(かて)をもたらすやうに
 わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ


 ※あめゆじゆとてちてけんじや~雨、雪とって来て下さい。
 ※二相系~氷と水が二相をなしている。
 ※Ora Orade Shitori egumo
  あたしはあたしでひとりでいきます。
 ※うまれでくるたてこんどはこたにわりやのごとばかりでくるしまなあよにうまれてくる
  また人で生まれてくる時はこんなに自分のことばかりで苦しまないように生まれて来ます。
 ※兜率の天~弥勒菩薩が衆生に説教し、天人が遊楽する宮殿。
 …………………………………………………

 美しく哀しい詩だ。
「末期の水」という言葉があるが、水は生命の源。
「銀河や太陽 気圏などとよばれたせかい」からの産物であり、「兜率の天の食」でもある。
 これが宮沢賢治が見ている世界だ。

 Ora Orade Shitori egumo
 賢治はなぜこの妹の言葉をローマ字にしたのだろう?
 賢治にとって心をえぐる言葉であったに違いない。

 うまれでくるたてこんどはこたにわりやのごとばかりでくるしまなあよにうまれてくる
「自分のためでなく他者のために生きる」
 これは仏教を信仰する宮沢賢治が求めた生き方であったが、妹とし子も同じ考えを持っていた。
『銀河鉄道の夜』のカンパネルラはとし子のことなのだろう。


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