右手が痛くなると左手を使うようにして、20年以上頑張ってきました。
それが昨年10月に、右手の筋は断絶していて、左の肩には驚くほどの水が溜まっていた事が判明。
以来、毎週火曜日に整形外科で治療を受けていましたが、今年からは隔週の治療になりました。
強い薬を使うので、隔週でないとダメなのだとか。
整形外科の治療を受けながら、腕の故障で背中も痛くなりはじめ指圧の治療を受けるようになり、
数ヶ月が過ぎました。
ずっと以前、30代半ば頃、ご近所の方の紹介で治療を受け始め、自営のため時間が作れなくなり、
段々足が遠のきました。
あるじの葬儀が済んで、暫くしてから突然お参りにお出で下さり、懐かしかったし嬉しかったです。
それから何となく気になっていましたが、治療をして頂くと甘えてしまいそうでお願い出来ずにいました。
背中の痛みとフラフラが酷くなり、治療はご近所の方が良いと気がつき伺う様になりました。
治療をしながらわたしが全く変わって居ないのが嬉しいと、とても懐かしがって下さいました。
”◎◎チャン”と言う呼び方は、当時の呼び方でした。
お元気でやさしく、とても明るい方で、いつも和まされておりました。
冊子「ほのぼの」の最終号では、いつもの倍以上の時間と労力が必要になり、ずっと寝不足でした。
表紙は勿論、本文にカラー仕立ての図を入れましたので、それらの印刷はわたしの仕事になります。
用紙の枚数を数えますので、どうしても腕を使いますから、腕の痛みも当然出て来ます。
冊子編集の他に柚子の処理もありましたが、何とか時間のメドが付いたので電話をしました。
ところが何度電話をしても通じません。旅行かしら?と思いながらも、電話をしていました。
ご旅行なら良いですが、何かあったのでは?と、不安も感じていました。
ご主人様とお二人住まいですから、何かあっても大丈夫なのでしょうが…。
昨日の夕方、その方のご主人から電話があり、その方は入院して居られることを知りましたが、
元気で明るい方でしたから驚きました。転んだのだそうです。
そして、その時骨が神経に障るようになってしまったのだそうです。
ギブスが出来たので、痛みは少し落ち着いた様ですが、退院のことなどは全く不明とか。
それに、ご主人がお見舞いに行っても病室には入れず届け物を置いて来るだけなのだそうです。
不安もありますし、家事をしたことが無いので大変だと嘆いておられました。
もう、彼女の治療は受けられ無いかもしれないと思うと、何とも寂しいです。
お見舞いに行かれないのならご主人様に時々煮物でもお届けしよう、とふと思い付きました。
今までも、時々お届けしていますので召し上がって下さると思います。