日々の恐怖 12月26日 メキシコ
忘れられない海外旅行がある。
20年以上前、メキシコに行った時の話だ。
メキシコってのは物価が安い。
もちろん、レートも安価なので、日本の感覚でお金を持ってくと大金持ちって感じで。
当時、友人がメキシコにいたので遊びに行った時、あまりに日本と違うのでビックリした。
メキシコの国際空港に着いたのは夜の10時を過ぎていた。
成田なんかだと、夜でも電気が煌々とついていて、着陸寸前の飛行機から窓を眺めると「光りの路」みたいな感じでとても綺麗だが・・・・メキシコの空港は真っ暗なのだ。
えっ、こんな所に着陸するんですか?・・・と、ちょっと不安になるくらいの暗闇で。
滑走路にともる明かりもやけに薄暗く、よく見ると、電気じゃなく、タイマツみたいに火が燃えていた。
空港内にはおでんの屋台みたいな店が数件並んでいて、裏路地の飲み屋みたいな雰囲気。だがホテルはかなりイイ感じで、中庭に綺麗な池があり、そのウォーターサイドのガーデンレストランではギターの生演奏を聞きながら安価でリッチな食事が楽しめる。
メキシコに着いた日の夜は空港近くのホテルに泊まり、翌日、友人の運転する車に乗ってわたしは彼のアパートへ行った。
アパートとはいっても、日本のように6畳二間の2DKとかじゃなく、ちゃんとした一軒家。
建物自体は古いが、しっかりとした石造りで、7部屋もあった。
おまけに家賃は月に3千円というから驚きだ。
「 いいねぇ、こんなにいい家が月に3千円なんて・・・。」
わたしが言うと、友人はちょっと苦笑いし、
「 慣れるまで、大変だったけど・・・・・。」
と答えた。
意味ありげなその返事を理解出来たのは、その夜ベットに入ってからだ。
ベットに入ってウトウトし始めた頃、妙な気配を感じて目が覚めた。
目を開けると部屋の天井が見える。
その天井に、びっしりと“人間”が四つん這いでくっついているのだ。
よく見ると、壁や床にも大勢の人たちが這いずり回っている。
わたしは心臓が止まる思いでしばらくその光景を眺めていた。
あまりに予想外な光景・・・いや、こんなに堂々としている怪奇現象にはお目にかかったことがなかったので、状況が理解できなかったと言った方がいいかもしれない。
5分~10分くらい、ベットの上でそんな光景を呆然と眺めていたわたしは、とにかく友人の所へ行かなければ、と思いついて部屋を出た。
壁や天井や床や、あらゆる場所を這いずりまわっている人(モノ)たちは、まるで「わたしという存在」が見えていないように、ひたすら四つん這いでモゾモゾ動いている。
廊下や階段にも彼等はいた。
やっと辿り着いた友人の寝室にも、同じ様に異様な光景が広がっていた。
「 大変だ、目を覚せ!」
眠っていた友人を叩き起こすと、彼はわたしの顔、周囲の無気味な光景を見比べて、やけに落ち着いて言った。
「 大丈夫、べつに何もされないから・・・。」
わたしは友人の寝室にいさせてもらったまま、一睡もできずに這いまわる大勢の人間たちを怖々眺めて夜を過ごした。
太陽が昇り始めると同時に、彼等は蒸発するように薄くなり、やがて消えてしまった。
友人のアパートは現地でも特別格安で、それにつられて契約したものの、ありがちな訳アリ物件だったのだ。
初めてこの光景を見た時は怖くて引っ越そうと考えたが、夜な夜な這いずり回る無気味な人間たちは別に悪さもせず、こちらに悪意もないようなので、そのまま住んでいると友人が言った。
メキシコに一週間滞在する予定だったわたしは、次の日からホテルに泊まることにした。
無気味な人間たちも怖かったのだが、それに慣れてしまった友人の方が、ちょっと怖かった。
人間の適応能力は恐ろしい
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ