会社の玄関に薔薇が数本花瓶に生けてあった。
造花かな、と思ってよく見ると生花である。これが何日か
新しいのに変わったりしていた。
後で知ったのだが、女性役員の方が自宅の庭から摘んできていると言うのだ。
初め何の気なしに眺めていたが、ある日ふとその薔薇を描きたくなった。
実は薔薇は何度か描いてみたのだが、ちゃんと成功していないのである。
だれもいないのを見計らって、携帯でその薔薇の写真を撮っていると、
掃除をしにきた事務員の一人に見つかってしまった。
わたしがつたない絵描きだということは、すでに知られちゃっているので、
「へえ~やっぱり写真の撮り方が違うわネエ」と言うのである。
描きたいと思う被写体に対しては、上下、左右、あらゆる角度から
撮るので、確かに普通の撮り方ではない。(こちらとしては普通なのだが)
「絵描いたら見せてね」と言うので、「お見せするほどのものじゃないですよ」
とやんわりかわしたのだった。
何枚か写真をプリントアウトして、下書きをしたのだが、どれもしっくりこず、
色を塗っている途中で頓挫していた。しかしよく写真を見直して、割と
まともな写真の1枚を見つけて、なんとか一枚描き上げたのだった。
しかしどうもイマイチ薔薇に見えないのである。写真の通り忠実に描いたつもり
なのだが、ウーム…と思いつつまず身内の2人に見せてみると、まあまあの
反応である。とりあえず携帯で写真を撮って画像を記録した。
「お見せするほどのことはない」と言ったものの、どうも薔薇に見えないという
のが気になって、せっかく「見せて」と言ってくれたのだからちょっと意見を
伺ってみようかな…という気になったのである。
ちょうど朝の掃除をしていたので、「これこの間の薔薇描いてみたんだけど、
感想を聞かせてくれない?」と携帯に記録した写真を見てもらった。
「ちょっと薔薇に見えないでしょう?」と聞くと、しばし見た後で、「ウ~ン
確かに薔薇に見えないわネエ」と言うのである。
ああ…やっぱりか…わかってはいたつもりだったが、案外「見えるわよ」
と言うかも…なーんてちょっと期待したのだが、まあ…納得。
確かに最近では薔薇も様々な形があって、どれも薔薇には違いないのだが、
一見して“薔薇”とわかるのが、花を描いたとき大切なことのだ。
ところが、描くほうはずっと見て描いているため、それがわからなくなって
しまうのである。
今度じっくり薔薇の声を聞いてみたいと思った。「花とおじさん」という
歌で、花が「どうせ枯れるこの命わたしが枯れるまでおじさん見ててよ」という
くだりの歌詞があるのだが、薔薇からのメッセージをしっかり受け止めて
今度こそはちゃんと薔薇を描いてあげたいものである。
薔薇の声聞かせてよ…。