“やってしまった”これが正直な思いである。
気づいたときには、一瞬左横に走ってくる車が目に入った。
と思ったら「ガ、ガ、ガ、」という音と共にまた目の前が白くなった。
どれくらい経ったのか、ドアを開けようとしたらちょっときつくて
開きにくかったが、力を込めて開けて出た。その一瞬だったが、
胸の前を一筋の光のようなものが過ぎったような気がした。
出勤途中のわたしの居眠り運転による信号無視の交通事故である。
双方の車は大破していて、相手の運転席には二つのエアーバックが出ていた。
不思議なことに、相手の方もわたしも怪我らしきものはなかったのである。
すぐに警察を呼んで、事の処理をしたのだが、ハッと思って車を見てみると
左バックミラーが見事にへし折れていて、例の棲みついていたクモの“ヤツ”
の脚がだらりと割れたミラーの間から垂れ下がっているではないか。
あわれヤツの命運はここにつきたのである。まさかこのような形で命が終るとは
思っても(思うかどうかもわからないが)みなかったことだろう。
そのとき、ふと何かが手に触るのを感じて、右手を開いてみるとクモの糸が
手にネバネバと触るではないか。あんな事故の最中にどこでどう付いたのやら
わからなかったのだ。糸を剥がしてまた車の方に目をやると、落命したクモと
バックミラーの間に白い糸がふわふわとそよいでいた。
レッカー車で車を運ぶ途中、奇跡的に助かった我が命を神に感謝したのだが、
ふと…あの事故直後の一筋の光のことが頭をよぎった。あれはもしかして…
事故の瞬間に“ヤツ”が放った糸ではなかったのか。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」
のようにヤツがわたしに垂らした一条の糸ではなかったのか…。
事故の刹那、わたしは無意識のうちにその糸を掴んだのではないのか…
だから右手にクモの糸が…。それは、わたしの命の喪失を防ぐ一条の光では
なかったのか…。そしてそれを掴んで離さなかったのが…いのちを…。
事故車を運ぶレッカー車の中でそんな思いがわたしの頭の中を巡った。
空は蒼く澄み渡り、夏の雲がもくもくと湧き上がっていた。
わたしはその空の彼方に手を合わせた。
気づいたときには、一瞬左横に走ってくる車が目に入った。
と思ったら「ガ、ガ、ガ、」という音と共にまた目の前が白くなった。
どれくらい経ったのか、ドアを開けようとしたらちょっときつくて
開きにくかったが、力を込めて開けて出た。その一瞬だったが、
胸の前を一筋の光のようなものが過ぎったような気がした。
出勤途中のわたしの居眠り運転による信号無視の交通事故である。
双方の車は大破していて、相手の運転席には二つのエアーバックが出ていた。
不思議なことに、相手の方もわたしも怪我らしきものはなかったのである。
すぐに警察を呼んで、事の処理をしたのだが、ハッと思って車を見てみると
左バックミラーが見事にへし折れていて、例の棲みついていたクモの“ヤツ”
の脚がだらりと割れたミラーの間から垂れ下がっているではないか。
あわれヤツの命運はここにつきたのである。まさかこのような形で命が終るとは
思っても(思うかどうかもわからないが)みなかったことだろう。
そのとき、ふと何かが手に触るのを感じて、右手を開いてみるとクモの糸が
手にネバネバと触るではないか。あんな事故の最中にどこでどう付いたのやら
わからなかったのだ。糸を剥がしてまた車の方に目をやると、落命したクモと
バックミラーの間に白い糸がふわふわとそよいでいた。
レッカー車で車を運ぶ途中、奇跡的に助かった我が命を神に感謝したのだが、
ふと…あの事故直後の一筋の光のことが頭をよぎった。あれはもしかして…
事故の瞬間に“ヤツ”が放った糸ではなかったのか。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」
のようにヤツがわたしに垂らした一条の糸ではなかったのか…。
事故の刹那、わたしは無意識のうちにその糸を掴んだのではないのか…
だから右手にクモの糸が…。それは、わたしの命の喪失を防ぐ一条の光では
なかったのか…。そしてそれを掴んで離さなかったのが…いのちを…。
事故車を運ぶレッカー車の中でそんな思いがわたしの頭の中を巡った。
空は蒼く澄み渡り、夏の雲がもくもくと湧き上がっていた。
わたしはその空の彼方に手を合わせた。