つぶや句

夢追いおっさんの近況および思うことを気まぐれに。

ぞっと…

2010-04-28 03:20:10 | 食べ物
うちの会社の休日は、通常(土)のみで、3週に1度(土・日)連休になる。
だから、休日ぐらい「なーんにもしないぞっと」と言ってグデ~ッと寝転んで
自堕落三昧に過ごしたいのだが、どういうわけかいつものように早く目が覚め、
どういうわけか、家族の食事を作りたがるのである。

実はこう見えても料理好きなのである。今度生まれ変わるなら、料理人になりたいと思う
くらいなのだ。さりとて、ものすごく料理の才能があるかというと、そんなわけでもない。
作る料理の半分くらいは手痛い失敗をやらかし、家族にしぶしぶ食べていただくという
結果にあいなるのだ。

しかし料理は、あれとこれをどうやったらどういう味になるのか、緑・黄・赤の野菜の
色彩バランスをどうしたらおいしく見えるのか…など想像をかき立てるのである。
わたしは料理というのは器上のアートだと思っているのだ。だから器をキャンバスに
見立てて、イメージを広げるのである。しかもそれを食べる…。生命維持につながって
いる実質力が又たまらないのだ。

もうちょっと前になるが、社弁の中にはるさめ料理が入っていたことがあって、これが
けっこう旨くて、ネットで調べてみたところ、マーボー春雨とわかった。
早速レシピをメモして、その日の夕食のおかずとして作ったのである。これはけっこう
うまくいって、以来我が家の定番の1つになっているのだ。

その他いまカジキ料理に凝っていて、ネットでレシピを探しては作っている。もう4~5
種類は作ったと思うが、1度エラクしょっぱく作って失敗したが、そのほかはまあまあ
成功している。

というわけで、休日はこんなことばっかりやっていて、これにお絵描き時間を入れると
ゆっくり休んでいないのである。よーし今度のG・Wはなーんにもせずに、自堕落な
ごろ寝ざんまいに過ごすぞっと、ぞっと…。




コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

俳句の色香

2010-04-25 03:14:04 | 俳句
俳句を始めてから、もう20年近くになる。どのくらいの数作ったのか…俳句記録帳を
覗いてみると、ざっと数えて約1,500句位はあった。他の人に比べて多いのか
少ないのかわからないが、自分では「えーっこんなに!」と、思ったより多いのに
驚いた。

記録していないあまたの駄句も含めれば、数倍になるに違いない。その中で、いわゆる
艶のある俳句、というのはあるのかと、ふと考えてみた。

こうみえても、いくつになっても色香を失ってはいけない、というポリシーの持ち主
なのである。であるならば、当然俳句にもそれが反映されていなければならない
ではないか。

はてさて…思い巡らせてみると。すぐに思いつく一句がある。

       閨に伸ぶ 手と手の出会う 天の川

                       issri

これは、実はそんなに艶っぽいつもりで作った句ではないのだ。単にもの寂しき夜に
手を探り当て、安心して眠る。というつもりだったのだが、妙に身内が照れている。
まあ致し方のないところか…。

続いて思い浮かぶのは、

       崩れ寝て いま十三夜 腕の中

                     issei

これも実は、酔っ払ってベンチに転げ寝て、何気なく広げた両手に十三夜の月夜が
入っている。という句意なのだが、句友の女性に「艶っぽい句ですね」と指摘されて
「エッそう…」と自分で驚いたのだった。十三夜を女性と採られたようなのだ。
それはそれでいいのである。

その他思いつくまま…

       ブァリトンの 恋は魔法さ 牛蛙

       妙齢の 春眠肩に 触るるかに

       耳打ちの 耳たぶ薄き 秋扇

       ブランコの 二人は黙す 十三夜

       くすぶれる 妬心は蒼き 冬薔薇

まあ…その他いくつかあるのだが、これも他に比べて多いのか少ないのかわからない。
ただ、そのときの自分の恋情があまりにも深かったりすると、俳句に色濃く出るときが
あるのだ。

       大蜂の 悶え転がる 男坂
                   issei

なーんていうことにもなりかねない。やっぱり

       身を染めて あしたに契る とんぼのように
                           issei
こんな世界平和な恋情でいたいものである。


       

      
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

たそがれ青春

2010-04-24 04:37:15 | つらつら思うこと
小椋桂に「さらば青春」という曲がある。「ぼくは呼びかけはしない遠く過ぎ去るものに
…」という青春への惜別の歌なのだが、確かに我が青春も去ってしまったのである。
しかし、それは果実の、文字通り熟れる前の青い時で、実は硬く、味も酸っぱくて、とても
食べれたものではないのだ。

「大人」が若者たちの言っている言葉なら、「青春」は、おじさん達が振り返って
懐かしがっている言葉なのかもしれないのだ。本当の食べ頃は、果物であれば熟れきった
ときなのであろうが、さらにしばし置いておくと、えもいわれぬ味わいをかもし出すものが
あまた存在するのである。

わが身に振り返れば、青春時代はそれなりに謳歌したと思うが、現実は何もいい味わいを
感じてなくて、ただ真っ只中で通り過ぎるにまかせるといった感じだった。

しかし、今は目前の出会い1つ1つに、味わいを見出すことが出来るようになった
のである。目覚めに賜るスズメのさえずり、日の出の清やかさ、頬に触れる春の微風、
道端の雑草の芽吹き、恋蝶の舞い、親近の笑み…などを感受できるようになったのである。

そして、やっと気づいたような気がしているのだ、遅まきの青春性の目覚めを賜った
理由を…。これがなければ、さらなる深い感銘と甘酸っぱさを味わうことができなかったに
違いないのだ。

残念ながら、肉体は確実にたそがれが進んでいるのだが、心はこれぞ青春という味わいを
感じているのである。
わたしはここに宣言したい。今が「心の青春」と…。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

怪しい…

2010-04-19 04:50:34 | 健康
3月1日に体調をくずして以来1ヵ月半になるが、体重が約2.5キロ減った。

それまで、暴飲暴食を繰り返し、きっとこのままではエライこになるなあ…と
密かに恐れていたのだが、わかっちゃいるけど人間の悲しさで、続けていたのである。

案の定、朝起きたら、めまい・ふらつき・吐き気・血圧上昇と一気にやってきた。
それで暴飲暴食を止め、普通に食べるようにしたのである。つまり2.5キロは余計に
食べていたということになる。

どうやら、その原因が内臓臓器に直接付いて悪さをする、「異所性脂肪」ということが
わかり、我が家の体重計で体脂肪を計ったところ「8」と出たのだ。一応「9」以内
ならOKらしいのだが、ギリギリである。そこで、この数値に注意をしていたのだ。

半月くらいでスンナリ「7」になったのだが、そこから体重は順調に2キロ減っている
にもかかわらず、体脂肪がなかなか「6」にならないのである。一応目標は「5」なの
だが、わたしは「6」の壁と称して毎食後体重計に乗った。

そして、つい3日前の夕食後「6」と出たのである。小躍りして喜んだのだが、翌朝に
計ったら、な、なんと「8」ではないか。「7」に戻ったのならまだしも、一足飛びの
「8」じゃシャレにならない。身内らの嘲笑の中、「コイツ~怪しい…」と体重計を
ニラミつけた。

ニラミが効いたのか、夕食後には「7」になっていた。やれやれ「6」はぬか喜びかい…
とガックリだったが、夕食後また「6」になり、翌朝も「6」をキープしたのだった。
その日の夕食後も朝も「6」。「やった!」ついに「6」の壁を突破したのだ。

そしてきのうの夕食後意気揚々と乗った体重計はなんと「5」だったのである。
「Oh!」初めて目標の「5」である。そして、今朝…そろりと乗った体重計は
な…なんと「7」だったのだ…。「オチョクルのもいい加減にしろ!」わたしは体重計を
ニラミつけ、言い放っていた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

良くも悪くも…

2010-04-17 06:34:13 | 絵・まんが
「これ、どうだ?」「エ~これ~ウ~ンちょっとネェ~」「どうだ?」「ウ~ン…
何だかあまりにも普通っぽい」。

最新作の絵を見せたときの身内らの感想である。作品の完成か、完成真近かになると
必ず見せて意見を聞くのだ。
それが、これ…である。ハッキリ言って惨憺たる評価と言っていい。

身内の良さは、良くも悪くもまったく遠慮のないところなのだ。そして言われるほうは、
それを正面から受け止めなければならないのである。怒ったり反撃などして手加減
などされては何にもならないのだ。(とは思いつつも、もっと言い方があるだろう…と
むかつくことは多々)(笑)

わたしは「お絵かき部屋」にしばし籠ってしまった。実は相当ショックだったのである。

最近は応募作品でもないのに、応募作品のつもりで描く、と心に誓って描くようにして
いるので、何度も練り直し、書き直して、それなりの手ごたえを感じていた作品なのだ。
ただ…完成真近かになって、最初の構想通りになっていなかったが、これでもいいんじゃ
ないのか…と見せた次第なのである。

しばらく呆然といていたが、ハッとして、目からウロコが落ちるような気がした。
やっぱり最初の構想通りにやらなきゃならないのだ。と迷いが吹っ切れたのである。

シマアジがイワシを咥えて潜っていく魚の絵なのだが、これを描きたいなあと思ったのは
咥えられているイワシから無数のウロコが飛び散って、キラキラと舞っているシーンが
頭に浮かび上がったからなのだ。

ところが、ウロコを描き入れる前に見てみると、これはこれでスッキリしててきれいじゃ
ないか、と思えたのだ。これでウロコを下手に描き込むと、うるさくなってしまって、
全てがワヤになってしまいそうな気がしたのである。

実際画紙全体に入るので、その可能性は低くないのである。しかし、身内のおかげで
決断できたのである。これだから遠慮のない意見はありがたいのである。

で…どうなったかというと、やっぱりうるさくなって塗りなおしと、あいなりました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする