つぶや句

夢追いおっさんの近況および思うことを気まぐれに。

夢を追ってはいけない

2007-07-31 03:41:05 | ちょっとした出来事
ふ、と他人のブログを覗いてみたくなり、人気のブログを探ってみた。

すると、あの世からのメッセージを守護霊から聞いて、それを翻訳して
綴っているというのを見つけた。

もともとスピリチュアルな世界に興味のある私は
こんなのを見つけたら観らずにはおれないのだ。

天国と地獄はだれが創ったのか?自分の守護霊は
いるのか?なんのためにこの世は存在するのか?
などなど…知りたかったことが書いているのである。

ふむふむ…と幾度となく読み返し、いままで私が知っていた
知識、認識、感じていたこととの違いや、知らなかったこと
などが、けっこう軽妙なタッチで書かれている。

いずれもなるほど…と思える示唆に富んだ内容で、
目からウロコが落ちたような衝撃をうけた。

特に“夢追いおっさん”の私にとってもっとも衝撃だったのは、
この世の生き方みたいなことを書いてあった中で、「夢は追ってはいけない」
と書いてあったことだった。「夢は追えば追うほど逃げていく」というのである。

な…なに!どういうこと?と次の言葉を探すと、「夢は引き寄せるものだ」
とあったのである。う…引き寄せる…。「ガーーーーーン!」

頭の中にこの言葉が響き渡った。自称“夢追いおっさん”と称するほどに
夢を追い求めてやまなかった私なのである。
確かに、追っても追っても逃げるような感じだった。

じゃあ引き寄せるって、どうすればいいんだろう…。と続きを
読んでみたが、まだあまり示されていなかったのだ。

その日一日中“夢は引き寄せるるもの”という言葉が頭に出ては消え
消えては出てきたのだった。

そして、まてよ…追えば追うほど逃げる…ふと思い当たったのが、
女性のことである。女性は追えば追うほど逃げるではないか。

なーるほど…とヒントらしきものにたどり着いたが、依然として
“引き寄せる”という具体的なものがつかめないでいる。
女性を引き寄せるには、自分を磨くしかないではないか。

このとき頭を過ぎったのが、“求めよさらば与えられん、
たたけよさらば開かれん、たずねよさらば見い出さん”という聖書の言葉だった。
自分を磨き、実際に行動をおこす。ということか…。

しかしままよ、この女性をキーワードとしてじっくり考え、
なんとか夢を引き寄せるべく努力し、行動しなければ…ウーム。
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ああ夏の声

2007-07-28 04:41:27 | ちょっとした出来事
やっぱり蝉が鳴かないとほんとの夏という実感がわかない。
この地方はクマゼミが真っ先に「ワシワシ」と鳴き出す。

もともと夏が好きな私は、蝉が鳴き出すとそれだけで嬉しくなってしまう。
クマゼミを筆頭にアブラゼミ・ニイニイゼミである。
ニイニイゼミなど耳鳴りのように、「ジーーーーー」とひたすら
同じ音階で鳴くのだが、これとて私には心地よい。

これらが合唱している状態がいわゆるせみ時雨というやつである。
今年は8月に有給をはさんで10日の夏休みをとった。

いま外では早や、ニイニイゼミが鳴き始めている。これから
クマゼミが目を覚まし、つづいてアブラゼミだ。

このせみ時雨を聞きつつ、今年の夏は作品の本作りにいそしもうかと思っている。


あおむける うつぶせる 地の蝉時雨

                 issei
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なぜ?

2007-07-27 04:31:26 | ちょっとした出来事
この言葉がふしぎな響きをもって脳に染み入ってきた。
暑さのせいなのか、年齢のたそがれのせいなのか、わからない。

“なぜ?”というとき、何かが起こってその理由がわからないときに
発してしまう言葉なのだが、“どうして?”とほぼ同義語であるが、
なんとなく違う気がする。

どうして?は、かなり具体的な理由のとき発する気がするのだが、
なぜ?は、やや漠然とした疑問に対してと、ちょっと不思議が入ってるようで、
なんとなく響きにロマンを感じるのだ。(自分だけかもしれないが)(笑)

なぜ自分は生きているのか、なぜ人は死ぬのか、なぜ恋をするのか、
なぜセミは何年も土に潜っているのか、なぜ昆虫は脱皮するのか、
なぜ、太陽は燃えているのか、なぜ…なぜ…。

この世はなぜ、だらけじゃないか。
なぜ、これを書いてしまったのか………………なぜ?だ。


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人間なんて

2007-07-22 04:27:01 | ちょっとした出来事
つい先日工場周りの草刈りをやった。毎年の恒例であるが、
苦手なものの一つである。

もう一つ苦手なのは殺虫だ。とうぜん‘殺’がついているので、
虫を殺してしまうのだが、最近特にいのちを意識するようになってきたので
嫌なことの一つである。

蚊などは、自分を守るという大義名分があるので、躊躇なくパチン!と
いけるのだが、米の害虫であるコクゾウムシを見つけたときは
つぶさず、窓の外に放るようにしている。

しかしウンカのような子蠅が外の下水槽周りに群れていると
殺虫剤を散布せざるをえないのである。

やむなくやってしまうのだが、いい気分のものではない。
草刈も植物の命を考えると嫌なのだが、これはまだ草の生命力で、
又たくましく生えてくるのはわかっているので、割りきってやれるようになった。

しかし草を根ごと引っこ抜くとその空いた穴からいろんな虫が
飛び出してくる。アリを筆頭に、ダンゴ虫、オケラのようなの、その他いろいろ。

彼らにとってはいきなり家の屋根を剥がされたような
ものだろう、文字通りあわてふためいている。

その彼らを援護するかのように藪蚊がぶんぶんわれらを襲ってくる。
それはまるで戦闘機のように爆音をキーンキーンとたて、次から次えと
波状攻撃をかけてくる。

このことはすでに予測していたので、こちらも長袖、帽子、首には
タオル、と万全の態勢で臨んでいるのだが、耳とか、ちょっと袖口
などが空いたとこを狙われる。

ポリポリと刺されたとこを搔きつつ、植物と昆虫の命の連携の
すごさを思った。彼らにとって人間というのはどういう存在なのか、
草むしりによって、考えさせられた一日だった…。
コメント (2)
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忘れえぬワンシーン

2007-07-21 06:03:46 | ちょっとした出来事
最近ふ…と、ここのとこ映画らしい映画を観てないなあと思った。
映画らしい映画とは印象に残るワンシーンを持ってる映画の
ことなのだ。

例えば、あの「シェーン」のラストシーン。「シェーン!」と
少年が去って行く主人公の背に呼びかける。「シェーン!」と
幾度も呼びかける声が荒野にこだましつつ映画は終わる。

名曲で有名な「禁じられた遊び」では、5歳の少女ポーレットが見失った
少年ミッシェルを「ミッシェル!」「ミッシェル!」と捜すシーン。

名曲といえばあの「太陽がいっぱい」のラストシーンもサスペンスものの
原型となったようなシーンだった。完全犯罪が成立したと信じて浜辺で
くつろぐアラン・ドロンのそばで船がひきあげられてくる。そこへ
名曲にのって犯罪を証明する物証がじょじょに姿をあらわしてくるのだ。
安心しきったようなドロンの顔が印象的だった。

きわめつきはこのシーンだけでいい映画になってしまったような
「さらば友よ」のラストシーン。これにもドロンが登場している。
ブロンソンが捕まって手錠をかけられている。そのまま警察に
連行されてビルの出口に向かうとそこに共犯のアランドロンが立っている。

二人の関係を警察は知らない。そこでブロンソンが煙草を吸おうと
した時、ドロンが「シュッ」とマッチをスッて差し出す。
やおら立ち止まったブロンソンが手錠の掛かった両手で煙草の火を囲うようにして
ゆっくり吸い、ドロンを見ようともせず知らん顔して去って行く。

このシーンはしびれた。男の友情を無言で表現した最高傑作のシーンだと思う。
これで完全にドロンを食ってしまったチャールス・ブロンソン人気は弾けたのだ。
またそのブロンソンの背に向かって彼の口癖だった「イエーッ!」という
掛け声をドロンがかけて終わるラストシーンも見事だった。

ああ…こんな映画を長い間観てないような気がする。
観たいねえ…





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