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ぽかぽか春庭「2003年夏の誘拐」

2013-08-06 00:00:01 | エッセイ、コラム
2013/08/06
ぽかぽか春庭知恵の輪日記>2003年の夏(9)夏の誘拐

2003年の夏日記つづき
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2003/08/11 月 晴れ 
ジャパニーズアンドロメダシアター>『誘拐』 (ネタバレ主犯の名記入

 夜、テレビ放映の『誘拐』を見た。内容を全然知らなかったが、永瀬キョンキョン夫刑事が「いつ三億円バッグがすりかわったのか」と疑問に思ったのと同時に、渡哲也が主犯と気づいた。ポイントは「生きていれば26歳になっている息子の写真」。ゴミ公害事件が26年前に起きたというのとつながったら、すぐに主犯がわかった。娘と息子は「渡哲也主犯説」に「うそっ、まさかそんな!」

 で~も、やっぱり渡哲也が犯人でした。だけど、目撃証人や喫茶店経営老夫婦までが共犯とは気づかなかった。推理ものの「犯人を自分で割り出す楽しみ。最後まで作者にだまされる楽しみ」両方が味わえて、なかなか楽しめた映画でした。

 三人でドラマや映画放映を見るときには、ギャグにつっこみを入れたり、ラスト予想をしたりしてワイワイと見るのを常とする。
 娘が映画館で映画を見るのが嫌いなのは「途中でおしゃべりしたくても、しゃべれないで、じっと黙って見ていなくちゃならないから」

 推理ものの謎解きも「絶対、こいつが犯人」とか「トリックはこう」という推理を話し合いながら「探偵学園Q」「名探偵コナン」「金田一少年の事件簿」などの漫画を読み、テレビアニメを見るのが娘と息子の「観賞法」。
 わかった時点で「犯人はおまえだ」とテレビ画面に向かって指さすのが我が家の流儀。

 被害者側弁護士が、はめられて弁護士資格を剥奪されたとか、偽証した男に再証言を求めたら、その男は三日後に「交通事故」で死んでしまった、などのエピソードは「絶対に現実にこういうことが起きている」という程度には娘息子も「現実社会」を理解できる年頃になった。『誘拐』には悪役として企業側しか出てこなかったが、現実社会では政治家法律家が絡んでくるだろうとも。

 水俣病の存在が世に出てから勝訴まで長い時間がかかったことも、この映画の背景にあるだろう。手塚治虫の『キリヒト賛歌』も思い出す。

本日のつみ:公害を出す企業
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2003/08/12 火 雨のち曇り 
ジャパニーズアンドロメダシアター『戦場のピアニスト』

 三人で『戦場のピアニスト』を見た。

 ユダヤ人の悲劇は、繰り返し映画化されてきた。この映画の中でも、ワルシャワの町が壊滅し、町中のユダヤ人家族がみな収容所へ送られてしまう。
 ユダヤ人ゲットーで飢えて死んだ人、地下組織を組んでゲリラ戦を行って死んだ人、強制収容所への「二度と戻れぬ旅の列車」に押し込められる人

 そんな中、生き延びたピアニストは本当に運がよかった。ユダヤ人を匿えば自分にも死の危険があるとわかっていても、彼を助け、かくまおうとする人間がたくさんいた、という事実。ピアノの音に心を動かされ、敵のドイツ将校さえ、彼をかくまったという事実。人間性と音楽へのオマージュ。

  ロマン・ポランスキーの画面。廃墟になったワルシャワの町をシュピルマンが歩くシーン。戦火によってダメージを受けた町とわかっているが、廃墟好きにはたまらない「美しい」画面なのだ。私のような「廃墟写真集」があると必ず眺めてしまう「廃墟美」観賞家にとって、これはまた、廃墟映像の傑作といえるものが残ったな、という感じ。

 ポランスキーは、自分自身の体験とシュピルマンの自伝を合わせてこの映画をとったというのだが、まあ、それは本当なんだろう。しかし、この廃墟の映像をとりたいがために、廃墟となったワルシャワが出せる話を選んだんじゃないか、ってゲスのかんぐりをしたくなるくらい、ポランスキー美学が伝わった。

 バブルはじけて経営難で放棄されたホテルなんていうチンケな廃墟でも、廃墟となるとそれなりの趣が出てくる。それが、戦火による廃墟なれば、死屍累々ががれきの下にあることが幻視され、廃墟度完璧。

 人はこのようなカタストロフィを必要とする。江戸の華のひとつである「火事」。燃えさかる炎の美しさ、木と紙でできた家が完全に燃え尽きた焼け跡のくろぐろとした空虚。これを江戸市民は見物した。

 今の世で「神戸地震の跡地を見物しよう」とか「北海道台風被害をながめるツアー」なんてのを企画したら、非難囂々になるだろう。本音ではみんな見たいからテレビワイドショウが垂れ流す映像に見入るのに、実際のツアーをするとなると、「被害者の気持ちをうんぬん」の建前があって、だれもやろうとはしない。

 うれしそうに、台風後増水した川を流れていく家をながめていたのは、ちびまる子と友蔵じいちゃんのみである。

本日のひがみ:私がひけるのはバイエルまで

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8月13日 水 晴れ 957
アンドロメダM31接続詞>千夜千冊

 『千夜千冊』の8月8日付け『鬼の日本史』の中に「午頭天王」と表記されていたので、「ごずてんのう」のことだったら、午ではなく牛、「牛頭天王」ですよ、というメールを編集部あてにおくった。編集部から「誤植をなおした」という返事が来た。きちんとした応対とことばづかい。

 8月8日の門前小僧のときに応対した新人君が「ものすごく気をつかって、きちっとお茶を用意しています」という風だったのと同じく、社内教育が徹底していると思った。社員のお茶の出し方ひとつ、ことばづかいひとつで「その会社の内容がわかる」と、何かのビジネス本に書いてあったのをみたことがあるが、なるほど、社員をみれば会社がわかる、というのはこういうことかと思う。

 これまで、一般の会社と何の縁もなく、まずまずの応対をしていたのは、『地球の歩き方校正紙』を届けに行ったD社の受け付けくらいしか知らない。
 それにしても、私がこれまで出かけた先というのが、このような応対ひとつできないような場所ばかり。自分の周辺の程度を知る。まあ、私に相応の周辺だったのだと思うが。

 二十数年前『アルジェリアノート マグレブ・ノバ』という本の帯に「南アフリカの記録うんぬん」というコピーがついていたので、「アルジェリアやマグレブ地方なら、南じゃなくて北アフリカじゃないですか」と編集部に電話を入れたことがあった。腰巻きのキャッチコピーとしてはおそまつだし、北アフリカで起きた地震のため、瓦礫の下敷きになって亡くなった著者に失礼だ。しかし電話に出たおっさんは「いやあ、アフリカといえば、南の方の暑い国と思ったので、ハハハ」という程度の応対だった。

 マグレブ地方が北アフリカか南アフリカか、というのは大きな差だが、ごずてんのうが「午頭」か「牛頭」か、というのは、見のがしても『鬼の日本史』書評内容読解には差し支えないようなことだ。なんだか、重箱のすみをつっつく小姑のような気がしないでもなかったが、編集部がどういう対応をとるのか、という興味でメールをおくったのだった。編集工学研究所は、きちんとした会社である。

 片づけをはじめようと一瞬は思ったが、松岡正剛『編集工学』を読む。おもしろい。『遊』誌上で、門下生を募集し、応募書類がわんさか来た中から300人を選び、さらに60名を木曜塾日曜塾門下生にして、1979年4月から無料講座として松岡が1年間講義をしたのだということを、今知った。なんで、なんで、募集があったときにまったく気がつかなかったのだろう。

 まあ、応募したとしても書類選考で落とされていたと思うが、このときの松岡の講義を聴くことができたらよかったのになあ。1979年4月から、私はスワヒリ語講座に通い、79年と80年はケニアにいた。20数年ずいぶん遠回りして編集工学研究所にたどり着いたんだなあ。台風の中、たどり着いたが、遅すぎた。私の脳はごちゃごちゃのままで錆つき固まってしまっている。

本日のかみ:千夜千冊の紙に神やどる


<つづく>
コメント
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