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ぽかぽか春庭「ふとこる」

2016-08-11 00:00:01 | エッセイ、コラム
20160803
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>葉月のことば(7)ふとこる

 仕事をしている間、極力小説を読むのはがまんしていました。小説は一気読みしたくなるので、通勤電車読書には向かない。エッセイばかり読んできました。仕事がなくなり、久しぶりに、私小説を読む。

 2011年に『苦行列車』一冊を読んだだけで、その後はテレビなどで姿をみるだけだった西村賢太。芥川賞受賞以来、バラエティ番組などに顔をみせるようになった西村がみるみる体重を増やしているようす、ああ、賞を取ってうまいもんたらふく食えるようになってようございました。こののちはいくら貧乏話、底辺を這いずり回る話を書いたとしても、ペンを置くなり星つき老舗店などで高級寿司やらウナギやら食しているのだろう、という品のない人物観しか持てぬ貧乏性のシガなさ故に、『苦行列車』以後読んでいないのでした。森山未来クン好きだから映画は見たけれど。

 2016年7月刊行の『蠕動で渉れ、汚泥の川を』を図書館の新刊書の棚に見て、借りました。7月に刊行の本が7月の図書館棚に並んだということは、予約の人がいなかったということじゃなかろうか、初版部数が何部かしらないけれど、これじゃもケンタ君の食生活が安食堂の定食に戻ってしまうかも知れず、などと余計な心配をしながら読むことにしたのだけれど、図書館の本を読んだのでは印税貢献もできないことでした。『苦役列車』よりはおもしろかった。

 『蠕動で渉れ汚泥の川を』作品中「ふとこる」という語が何度か出てきます。私は使わない語でしたが、文章の流れの中で読むから意味がわからなくはない。
 
・(ーその辺りが、ぼくと、この二束三文のどうしようもない負け犬どもとの最大の違いだよなあ・・・・・・)との優越感を、うれしくふとこってしまうのである。
(p59集英社2016)
・このブスが、年下の男のことを好むかどうかは全く知らぬが、しかしながら貫多は自分の甘いマスクと、その常日頃から意識的に放っているところの、古狼のムーディで危険な香りには些かの自信をふとこっている。(p69集英社2016)
  ・で、またぞろに、かようにふやけた夢想をふとこっていたせいか、この日最初の出前を終えて自芳軒に戻ってきた貫多は、カツ丼用の雪平鍋を手にした木場の灰湖を通ったとき、急にこちらへ身体の向きを変えてきた戦法にうっかり体をぶつけてしまい、鍋に貼ってあった割り下を上っ張りの白衣にぶち撒けられる格好となった。(p84集英社2016)
 ・(このときの貫太は、人間、生き場所があると云うのは実にありがたいことだと、しみじみ痛感したモノである)。で、かような感慨をふとこったまま、今の彼の唯一の行き場たる自芳軒に辿り着くと、すでに浜岡もやってきているらしく、裏木戸の南京錠は取り外されている。(p115集英社2016)

 おそらくは「懐・ふところ」という名詞が動詞化したものであり、「自分のものとして所有する」「懐に入れて抱え持つ」という意味なのだと推察される。
 私はこの「ふとこる」という語を使ったこともなければ、他の新聞紙面や論文随筆小説の中で目にしたこともない。チェックしてみると一般的な国語辞書や古語辞書の中には搭載されていない。西村賢太が、編集出版を企画した藤澤清造あたりの中に出てきた語なのか、それとも完全なる西村の造語なのか、それもわからない。おもしろい新語はたちまち拡散するネット言説の中にもまだそれほど現れていない。

 ある語がその作家の存在感を体現するとして、「ふとこる」は、西村にぴったり。
 芥川賞受賞直後の収入は桁違いにUPし、「4人の女とかけもちつきあい中」と発言している西村、あまりに脂肪の塊をふとこると、布団に横たわってつづる文体にも脂肪が付いてくるからご用心。
 『蠕動で渉れ汚泥の川を』の文体は好きでしたけれど、もう貧乏ではなくなったケンタはどこまでカンタを描いていけるのだろうか。「金目当てで近づいてくる女どもを」なぎ倒しつつ、フーゾク通いを続けつつ、書き続けてほしいです。

 中卒いらい、ぐうたらしながらも文学修行を続けてきた西村賢太。
 春庭は、番茶も出花の18という年から、ずっと働きづめで、お休みできたのは、ケニアでぶらぶらとすごした1年弱のみ。
 現在、朝「遅刻する!」という夢に脅かされて起きる必要がなく、電車の乗り継ぎ時間を気にしながら通勤する生活もなくなった。むろん、時間ができたのと反比例でカネがなくなる。
 友人知人もみな退職し「毎日が日曜日」としてすごしているというのに、年金では暮らしていけない春庭は、2016年3月に退職してからも仕事を探し続けております。
 諸事出費の多い出来事が続き、日銭稼ぎをしなければ暮らしがたちいかないのです。
 仕事ください。

 年金暮らしができるならばともかくも、まだ仕事を探さなければならぬという身の上ゆえ、商売モノをカキ集める日課を欠かすことなし。仕事なくとも「言葉集め」を続けています。
 古来稀なほどではなくても結構長く生きてきて、しかもことばを商売道具としてきたのに、まだまだ知らないことばがあります。私が知っているのはたかだか氷山の一角に過ぎず、山のかけら一分なりとも、もう少し知りたいものだと欲が出て、あと一日、あと一時間なりとも生きていたいという気にもなります。そんな気を保っていなければ、生きているのもなかなかしんどい今日この頃。

 西村賢太が芥川賞受賞してまもなく貯金残高5500万円になり、食いたいもの食って、4人の彼女をとっかえひっかえつきあえるようになり「ふとこる」毎日になったのをうらやみながら、失業中の当方は、特売の「割れ煎」やら、スーパー閉店間近半額セールコロッケ弁当などを食す毎日。順調にジャンクフードリバウンド中。割れ煎かじりつつ収集した語の一部をメモしておきます。

<つづく>
コメント (6)
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