
20180410
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2018十八番日記春爛漫(6)ふるさとの川と発電所と桜
妹モモが、草津温泉にいっしょにいくモモ長女と孫を迎えにいく間、私はふるさとの川べりを散歩することにしました。
川べりの桜

利根川の支流吾妻川は、長野県と群馬県の県境に源流があり、群馬県北西部を流れています。
草津温泉や万座温泉などを起源とする強酸性の水が流れ込んでいたため、昭和中期まで、水質はきわめて強い酸性を示していました。周囲の鉱山から硫黄分や鉄分も流入するため、私がこどものころ遊んだ吾妻川の河原は、大きな石小さな石、すべて赤く染まっていました。私は世の中の河原というのは、全部ここのように赤いのだと思って育ちました。
吾妻川

この橋の先には行ってはいけないといわれていました。

昭和中期から草津町の中和工場で川に石灰を注入することになり、今では河原は赤くないのです。川の水質のためには良いことなのでしょうが、今ではうっすらほんのり赤い程度になった河原を見ると、夕焼けに赤く燃え上がっていた河原の石たちをもう一度見たい気がしてきます。こういうのが郷愁というものでしょう。
赤い大きな石をテーブルにして、小さな石を椅子にして、姉と妹とおままごとをして遊んだり、石をぴょんぴょんを渡り歩いたりしました。一番大きな石は象さんくらいあると子供たちは思っていて、勝手に象石と呼んでいました。
60年たった今では、大きな石は何に使われたのか、業者が運び出してしまい、小さな石が残っているだけ。
子供のころの川遊び、楽しかった。小さい石だけ残されました。

この川で泳いでよかったのは小学校1年生までで、水質悪化により川での水泳は行政によって禁止されました。日本の川が公害などで一番汚されていた時代でした。私も、トイレの汲み取り車が、ホースでタンクの中身を川に捨てているのを目撃したので、河原の石で遊ぶ時も、川の中には入らないよう気をつけるようになりました。
2年生からは毎夏鎌倉や湘南、新潟の鯨波海岸へ出かけるようになりました。群馬は海なし県ですから、海へ行くのは夏の一大イベントでした。
小学校4年生のとき学校にプールができ、私は子供雑誌付録の「ひとりで泳げるようになる本」という冊子を読んで、本の通りにやったら泳げるようになりました。
泳げるようになると、毎年出かけた鯨波海岸でも波打ち際でぱちゃぱちゃやるだけでなく、海で泳ぐこともできるようになったのですが、小学校6年生のとき、大事件勃発。鯨波海岸の沖で潮流にさらわれて、どんどん沖に出てしまい、見知らぬ人に助けられて浜辺へ戻されました。
助けてくれた人は、家族に「あのまま潮流に流されるとウラジオストックへ行ってしまう」と説明したらしいのですが、私はひとりで立派に泳いでいるつもりだったので、戻されたのはちょっと不満。お礼の言葉を言うにも、父に促されてしぶしぶでした。今では命の恩人にちゃんとお礼を言うべきだったなと反省しています。
桜を見ていると、小さいころのことが次々に思い出されてきます。
川沿いの桜道。

桜のトンネルの下で。

吾妻川には、水路式の発電所が17か所あります。利根川に合流する前の最後の発電所がこれ。
水路式発電所


排水口。水は吾妻川に流されます。

発電所の桜は、子供のころの私のひとり花見散歩のお気に入りコースでした。

<つづく>