20180412
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2018十八番日記春爛漫(7)モモと草津温泉
4月2日夕方、妹モモ、妹長女とその息子(2歳)の4人で、草津温泉へ向けて出発です。
モモはNPO活動でいろんな知り合いがいます。草津の知り合いから「草津は、1月の白根山噴火でスキー客が亡くなったので、温泉も不振の宿がある。泊りに行ってあげて」と呼びかけられていたのです。
私も、東北の大震災以来、ボランティアなどには参加できないまでも、三陸や福島の産物を買うことで復興支援をしています。桃や梨は福島産を買うし、若芽は三陸産、池袋に行くときは宮城県アンテナショップで牛タンランチを食べるという具合に「買い物で支援」をしてきました。復興には産業の振興も必要ですから。
モモは、「草津も大きなホテルはあまり打撃はなかったけれど、小さなペンションとかが予約キャンセルもあったらしいから、今回は、できるだけすたれてそうな宿に泊まるからね」と、素泊まり5000円というかなり古い小さな宿を予約しました。
想像以上に「かなり古い」宿でした。しかし、夫婦が赤ちゃんを育てながら経営しているという「赤ちゃんやこども歓迎の宿」というコンセプトで、月曜日の夜なのに満室でした。
「火山爆発からの復興のために、泊り客が減って困っている宿に宿泊する」なんていう志からみると、「こんなにはやっている宿なんだ」と思いました。

春休みがもうすぐ終わりそうという日々を、家族で気兼ねなく安上がりに行楽するにはぴったりの「赤ちゃん子供歓迎の宿」だったのだと思います。
モモの孫ハルキ君も、食堂のプレイコーナーが気に入ったようで、滑り台やボールプールで遊んでいました。
モモは鼻がいいので、「湯畑(源泉湧出地)が近いので、宿の空気も硫黄のにおいだね」と言います。私はにおいに鈍感なのでほとんど気になりませんでした。
草津湯畑周辺温泉街

素泊まりの宿なので、まずは晩御飯へ。湯畑の周囲をぐるりと一周。
昔々、ここにも来たおぼえがあるのですが、伯母を連れてきたのだったか、仕事仲間ときたのだったか、まったく記憶がありません。ただ、湯畑は昔と変わりないなあと思ったことでした。
草津温泉は、毎分32,300リットル以上1日にドラム缶約23万本分もの日本一の湧出量を誇る源泉湧出地です。お泊まりした宿も、源泉掛け流しで、豊富な湯量を楽しめました。
源泉湧出

源泉湯畑前にあるお好み焼き屋で食べました。
私は、お店の人が焼いてくれるならいいけれど、自分で焼くお好み焼きはあまり得意じゃない。ま、今回はモモと半分ずつ焼きました。モモ長女は、元気良すぎる息子のハルキがやけどしないよう見張っていなければならないので。
今回はふたつのヘラでひっくり返すのも上手にできて、おいしかったけれどね。
宿の温泉は、家族貸し切り風呂が3つ。石風呂ふたつと檜風呂ひとつ。
夜は石風呂。朝はヒノキ風呂に入りました。

草津温泉。
群馬県民は「くさづおんせん」と呼んでいます。「草津くさつ」は滋賀県にあり、おらンとこのは「くさづおんせん」
しかし、よそモンたちはJR駅の表記に「くさつえき」と仮名ふってしまうし、しまいには町の名前も公式には「くさつ」らしい。それじゃ、滋賀県草津市と同じになっちゃうよ。
地元民はあくまでも「くさづ」と言っているけれど、くさづおんせんと打ち込むと「句さづ温泉」と変換されてしまいます。
♪くさづ よいとこ一度はおいでドッコイショ。お湯のなかにもコリャ花が咲くよチョイナチョイナ。
江戸時代の温泉番付でも常に東の大関(当時は横綱はなし、すなわち日本一)の名湯とされてきた草津温泉。宿のご主人に聞くと「スキー場はキャンセルがあってたいへんみたいだったけれど、温泉のほうはあまり影響はなかったです」というので、復興支援とは関係なかったみたいですけれど、いずれにせよ、お湯の中にも花が咲いて、お肌すべすべです。
<つづく>
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2018十八番日記春爛漫(7)モモと草津温泉
4月2日夕方、妹モモ、妹長女とその息子(2歳)の4人で、草津温泉へ向けて出発です。
モモはNPO活動でいろんな知り合いがいます。草津の知り合いから「草津は、1月の白根山噴火でスキー客が亡くなったので、温泉も不振の宿がある。泊りに行ってあげて」と呼びかけられていたのです。
私も、東北の大震災以来、ボランティアなどには参加できないまでも、三陸や福島の産物を買うことで復興支援をしています。桃や梨は福島産を買うし、若芽は三陸産、池袋に行くときは宮城県アンテナショップで牛タンランチを食べるという具合に「買い物で支援」をしてきました。復興には産業の振興も必要ですから。
モモは、「草津も大きなホテルはあまり打撃はなかったけれど、小さなペンションとかが予約キャンセルもあったらしいから、今回は、できるだけすたれてそうな宿に泊まるからね」と、素泊まり5000円というかなり古い小さな宿を予約しました。
想像以上に「かなり古い」宿でした。しかし、夫婦が赤ちゃんを育てながら経営しているという「赤ちゃんやこども歓迎の宿」というコンセプトで、月曜日の夜なのに満室でした。
「火山爆発からの復興のために、泊り客が減って困っている宿に宿泊する」なんていう志からみると、「こんなにはやっている宿なんだ」と思いました。

春休みがもうすぐ終わりそうという日々を、家族で気兼ねなく安上がりに行楽するにはぴったりの「赤ちゃん子供歓迎の宿」だったのだと思います。
モモの孫ハルキ君も、食堂のプレイコーナーが気に入ったようで、滑り台やボールプールで遊んでいました。
モモは鼻がいいので、「湯畑(源泉湧出地)が近いので、宿の空気も硫黄のにおいだね」と言います。私はにおいに鈍感なのでほとんど気になりませんでした。
草津湯畑周辺温泉街

素泊まりの宿なので、まずは晩御飯へ。湯畑の周囲をぐるりと一周。
昔々、ここにも来たおぼえがあるのですが、伯母を連れてきたのだったか、仕事仲間ときたのだったか、まったく記憶がありません。ただ、湯畑は昔と変わりないなあと思ったことでした。
草津温泉は、毎分32,300リットル以上1日にドラム缶約23万本分もの日本一の湧出量を誇る源泉湧出地です。お泊まりした宿も、源泉掛け流しで、豊富な湯量を楽しめました。
源泉湧出

源泉湯畑前にあるお好み焼き屋で食べました。
私は、お店の人が焼いてくれるならいいけれど、自分で焼くお好み焼きはあまり得意じゃない。ま、今回はモモと半分ずつ焼きました。モモ長女は、元気良すぎる息子のハルキがやけどしないよう見張っていなければならないので。
今回はふたつのヘラでひっくり返すのも上手にできて、おいしかったけれどね。
宿の温泉は、家族貸し切り風呂が3つ。石風呂ふたつと檜風呂ひとつ。
夜は石風呂。朝はヒノキ風呂に入りました。

草津温泉。
群馬県民は「くさづおんせん」と呼んでいます。「草津くさつ」は滋賀県にあり、おらンとこのは「くさづおんせん」
しかし、よそモンたちはJR駅の表記に「くさつえき」と仮名ふってしまうし、しまいには町の名前も公式には「くさつ」らしい。それじゃ、滋賀県草津市と同じになっちゃうよ。
地元民はあくまでも「くさづ」と言っているけれど、くさづおんせんと打ち込むと「句さづ温泉」と変換されてしまいます。
♪くさづ よいとこ一度はおいでドッコイショ。お湯のなかにもコリャ花が咲くよチョイナチョイナ。
江戸時代の温泉番付でも常に東の大関(当時は横綱はなし、すなわち日本一)の名湯とされてきた草津温泉。宿のご主人に聞くと「スキー場はキャンセルがあってたいへんみたいだったけれど、温泉のほうはあまり影響はなかったです」というので、復興支援とは関係なかったみたいですけれど、いずれにせよ、お湯の中にも花が咲いて、お肌すべすべです。
<つづく>