201911014
ぽかぽか春庭にっぽにあニッポン語教師日誌>再録・日本語教師日誌(21)今期の文化発表氷河とくす玉
春庭の日本語教室だよりを続けています。
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2006/07/25 火
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(3)今期の文化発表、氷河とくす玉
バスクは、スペインのピレネー山脈側、フランスに近い地方で、独得のバスク語を話します。バスク語は、インドヨーロッパ語族ではないので、ヨーロッパのどの国のどの地方の言語とも異なっており、言語系統がわからない言葉です。
バスク地方出身者で、日本で一番有名な人は、フランシスコ・ザビエル。
「ポルトガルから鉄砲とキリスト教がもたらされた」と、歴史の時間に教わったのみだったので、ポルトガル人だと思っていたザビエルがバスク人だと知ったときは、「へぇ、へぇ」と思ったものでした。
ザビエルは、バスク地方のナバラ王国(バスク語ではナファロア王国)の総理大臣の息子でした。
ザビエル(Xavier)は、バスク語とナバール語を話して育ったそうです。19歳でパリ大学へ進学。当時の学問修得での使用言語はラテン語でした。
Xavierの、ポルトガル語での発音はシャヴィエル。現代スペイン語ではハビエル Javierに相当する名です。
今期のクラスにもハビエル君がいます。アルゼンチン出身。
ハビエルは、アルゼンチン・パタゴニア地方のペリトモレノ氷河を紹介しました。パソコン持参で、去年パタゴニア地方を旅行したときの写真をスライドショウにして見せました。
ロスグレシャス国立公園(Los Glaciares National Park)の 真っ白な氷の大きな固まりをみて、雪や氷がめずらしいインドネシアのリルは、大感激。「氷の上を歩けますか」など、質問をしました。ならったばかりの可能形、ちゃんと会話に使えました。
ハビエルの説明によると、氷河トレッキングツアーがあり、ガイドの案内で、クレバスをさけながら氷の上を歩いていけるそうです。
氷河をかこむアルヘンティーノ湖を船ですすみ、氷河に近づいていくところ、氷河の大きさや厚さなどは、黒板に図を書いて、なかなか興味深い説明ができました。
毎年、氷河の一部が崩落して湖に流れ落ちる。一日10cmから1mも氷河は移動しているのだそう。
エルサルバドルのアリーが発表したトピックは「子供のパーティに欠かせないもの」
何が欠かせないかというと、それは、キャンディがいっぱいつまったくす玉。名前は「ピニャタ」
アリーは、手作りのくす玉を作って持ってきました。
子どもたちがパーティをしている写真の紹介と説明のあと、ファンが手伝って、手作りくす玉を割りました。
教室の床にキャンディが散らばりました。節分豆まきのあとのようです。学生たちは子供時代にかえったようすで、楽しそうにキャンディをひろいました。
「キャンディをなめながら、あとの授業を受けていいよ」、ということにしました。普段は、「語学授業は口を動かして発音するのだから、食べ物を口に入れてはだめ。のどがからからになると困るから、飲み物は許可するけれど」と、釘をさしているのですが、今日は特別。
<つづく>
2006/07/26 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(4)今期の文化発表、お手玉と折り紙かぶと
サヤさんのお礼の「日本の文化発表」は、「お手玉」。
学生たちは、キャンディを舐めながら、サヤさんの発表に見入ります。
「日本の子供の伝統的な遊びです」というごく簡単な説明だけにして、あとは実演。
わたしも、サヤさんもお手玉ふたつでしか遊べません。かわりにホセとファンがお手玉三つをつかったジャグリングをしてみせました。
興味を持った学生からサヤさんに「お手玉はどこで買えますか」という質問がでました。またまた可能形での質問。日本人相手にちゃんと可能形が使えたので、日本語教師、教えがいがありました。
サヤさんは、「これは、百円ショップで買いました」と、答えました。小さなお手玉が5個、きれいな紙製の箱に入って100円。
「わあ、これで百円は安い、国へのいいおみやげになる」と、学生は買いたいようすです。
この値段、百円ショップの仕入れ先を考えると、メイドインチャイナか、ベトナムか、という製品と思いますが、ま、そこは気にしない。「日本的なおみやげ」として、国元では喜ばれることでしょう。
サヤさんの発表のつぎは、私の授業。
「教科書の89ページをひらいてください」と言うと、学生達「ええっ、こんなに楽しくすごしたあとなのに、まだ、教科書の勉強をするの」と、不満そうな顔で教科書をだしました。
88ページには「手順を説明する」という文例がのっています。料理の手順、ワープロの使い方の説明など。
89ページは、「折り紙かぶとの作り方説明」です。
教科書の勉強といっても、文法の復習やドリルではなく、「おりがみ」の実習だったので、みんな「ホッ」という顔で、私が配った四角い紙を手にしました。
最初に小さい白い紙で手順を説明しました。「はじめに、三角に折ります。もう一度三角に折ります。つぎに、、、、」という手順を守って、みなじょうずに折れました。
次に新聞を広げた大きさの広告チラシを真四角に切ったものを渡します。小さい紙で折った通りに繰り返し、自分の頭にちょうどいい大きさのカブトが出来上がり。
ファンは、カブトをかぶって、すっかりサムライ気分。教室にある指事棒を竹刀のようにふりかぶって、チャンバラのマネをします。日本文化に強い興味を持つファン、きっとクロサワ映画か何かで、チャンバラシーンを見たのでしょう。
最後にサヤさんを囲んで、それぞれカブトをかぶって写真をとりました。日本で買ったケータイで、はい、カシャリ。
<つづく>
2006/07/27 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(5)日本語教師教えられたり教えたり
講師室にもどって、サヤさんとはなしました。
「日本語教師の仕事、楽じゃありません。日本では、英語を教える教師になるほうが就職先をみつけやすいかも。収入だって、他の職業に比べて高いわけじゃないのに、勉強しなければならないことは、日本語学、日本語教育学のほか、他の語学も日本文化や歴史の勉強も、山ほどあります。
でもね、とても楽しい仕事です。今日のように、学生と一体となって文化を紹介しあったり、お互いのことばのニュアンスのちがいを知って、世界がひろがったりします。
収入は少なくても、それ以上にたくさんの心の豊かさを得られる仕事と思って、私は20年間つづけてきました」
わたしはサヤさんに「日本語教師は楽しい仕事です」と、せいいっぱいアピールしました。
サヤさんは、
「私は卒業したら、ぜったいに日本語教師になりたいです。
大学を選ぶときも、日本語教員養成コースがある大学を選んで受験したんです」
と、たいへん意欲的でした。
授業もまじめに熱心に受講しているサヤさん。きっとよい日本語教師になれるだろうと思います。がんばってね。
いつも、学生発表から多くのことを学ばせてもらっています。留学生の作文や文化発表はもちろん、日本人学生からもいろんなことを知ることができました。
日本語教員養成コースの学生には、今期「日本語トリビアの発表」を教室活動のひとつとして義務づけました。
日本語への関心を深める目的と、教員志望者が教壇に立って、他の学生に向かって発表する機会を設けるためです。
毎回「人前に出るのが苦手でしたが、何度か発表をしたあと、わりあいに楽に人前で話せるようになってきました」という感想がでてきます。
日本語トリビアに関しては、私が知らないこと、「ヘェッ」と感じたことを発表した学生が「高ポイント」を獲得できます。また、他の学生が授業コメントに「知らなかった」「はじめて知った」などの感想を書き込んであると高ポイント。
「今日の発表で聞いた話は、前から知っていたので、へぇと思わなかった」となると、へぇポイントが下がります。
今期も、わたしが知らなかったことを発表してくれた学生が、何人かいました。
ひとりは、「語源探索」の発表で「ビビる」の語源について。
なんとなく「おそれおののくようす」の擬態語からきているのではないか、と、感じていましたが、語源は知りませんでした。<つづく>
ぽかぽか春庭にっぽにあニッポン語教師日誌>再録・日本語教師日誌(21)今期の文化発表氷河とくす玉
春庭の日本語教室だよりを続けています。
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2006/07/25 火
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(3)今期の文化発表、氷河とくす玉
バスクは、スペインのピレネー山脈側、フランスに近い地方で、独得のバスク語を話します。バスク語は、インドヨーロッパ語族ではないので、ヨーロッパのどの国のどの地方の言語とも異なっており、言語系統がわからない言葉です。
バスク地方出身者で、日本で一番有名な人は、フランシスコ・ザビエル。
「ポルトガルから鉄砲とキリスト教がもたらされた」と、歴史の時間に教わったのみだったので、ポルトガル人だと思っていたザビエルがバスク人だと知ったときは、「へぇ、へぇ」と思ったものでした。
ザビエルは、バスク地方のナバラ王国(バスク語ではナファロア王国)の総理大臣の息子でした。
ザビエル(Xavier)は、バスク語とナバール語を話して育ったそうです。19歳でパリ大学へ進学。当時の学問修得での使用言語はラテン語でした。
Xavierの、ポルトガル語での発音はシャヴィエル。現代スペイン語ではハビエル Javierに相当する名です。
今期のクラスにもハビエル君がいます。アルゼンチン出身。
ハビエルは、アルゼンチン・パタゴニア地方のペリトモレノ氷河を紹介しました。パソコン持参で、去年パタゴニア地方を旅行したときの写真をスライドショウにして見せました。
ロスグレシャス国立公園(Los Glaciares National Park)の 真っ白な氷の大きな固まりをみて、雪や氷がめずらしいインドネシアのリルは、大感激。「氷の上を歩けますか」など、質問をしました。ならったばかりの可能形、ちゃんと会話に使えました。
ハビエルの説明によると、氷河トレッキングツアーがあり、ガイドの案内で、クレバスをさけながら氷の上を歩いていけるそうです。
氷河をかこむアルヘンティーノ湖を船ですすみ、氷河に近づいていくところ、氷河の大きさや厚さなどは、黒板に図を書いて、なかなか興味深い説明ができました。
毎年、氷河の一部が崩落して湖に流れ落ちる。一日10cmから1mも氷河は移動しているのだそう。
エルサルバドルのアリーが発表したトピックは「子供のパーティに欠かせないもの」
何が欠かせないかというと、それは、キャンディがいっぱいつまったくす玉。名前は「ピニャタ」
アリーは、手作りのくす玉を作って持ってきました。
子どもたちがパーティをしている写真の紹介と説明のあと、ファンが手伝って、手作りくす玉を割りました。
教室の床にキャンディが散らばりました。節分豆まきのあとのようです。学生たちは子供時代にかえったようすで、楽しそうにキャンディをひろいました。
「キャンディをなめながら、あとの授業を受けていいよ」、ということにしました。普段は、「語学授業は口を動かして発音するのだから、食べ物を口に入れてはだめ。のどがからからになると困るから、飲み物は許可するけれど」と、釘をさしているのですが、今日は特別。
<つづく>
2006/07/26 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(4)今期の文化発表、お手玉と折り紙かぶと
サヤさんのお礼の「日本の文化発表」は、「お手玉」。
学生たちは、キャンディを舐めながら、サヤさんの発表に見入ります。
「日本の子供の伝統的な遊びです」というごく簡単な説明だけにして、あとは実演。
わたしも、サヤさんもお手玉ふたつでしか遊べません。かわりにホセとファンがお手玉三つをつかったジャグリングをしてみせました。
興味を持った学生からサヤさんに「お手玉はどこで買えますか」という質問がでました。またまた可能形での質問。日本人相手にちゃんと可能形が使えたので、日本語教師、教えがいがありました。
サヤさんは、「これは、百円ショップで買いました」と、答えました。小さなお手玉が5個、きれいな紙製の箱に入って100円。
「わあ、これで百円は安い、国へのいいおみやげになる」と、学生は買いたいようすです。
この値段、百円ショップの仕入れ先を考えると、メイドインチャイナか、ベトナムか、という製品と思いますが、ま、そこは気にしない。「日本的なおみやげ」として、国元では喜ばれることでしょう。
サヤさんの発表のつぎは、私の授業。
「教科書の89ページをひらいてください」と言うと、学生達「ええっ、こんなに楽しくすごしたあとなのに、まだ、教科書の勉強をするの」と、不満そうな顔で教科書をだしました。
88ページには「手順を説明する」という文例がのっています。料理の手順、ワープロの使い方の説明など。
89ページは、「折り紙かぶとの作り方説明」です。
教科書の勉強といっても、文法の復習やドリルではなく、「おりがみ」の実習だったので、みんな「ホッ」という顔で、私が配った四角い紙を手にしました。
最初に小さい白い紙で手順を説明しました。「はじめに、三角に折ります。もう一度三角に折ります。つぎに、、、、」という手順を守って、みなじょうずに折れました。
次に新聞を広げた大きさの広告チラシを真四角に切ったものを渡します。小さい紙で折った通りに繰り返し、自分の頭にちょうどいい大きさのカブトが出来上がり。
ファンは、カブトをかぶって、すっかりサムライ気分。教室にある指事棒を竹刀のようにふりかぶって、チャンバラのマネをします。日本文化に強い興味を持つファン、きっとクロサワ映画か何かで、チャンバラシーンを見たのでしょう。
最後にサヤさんを囲んで、それぞれカブトをかぶって写真をとりました。日本で買ったケータイで、はい、カシャリ。
<つづく>
2006/07/27 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(5)日本語教師教えられたり教えたり
講師室にもどって、サヤさんとはなしました。
「日本語教師の仕事、楽じゃありません。日本では、英語を教える教師になるほうが就職先をみつけやすいかも。収入だって、他の職業に比べて高いわけじゃないのに、勉強しなければならないことは、日本語学、日本語教育学のほか、他の語学も日本文化や歴史の勉強も、山ほどあります。
でもね、とても楽しい仕事です。今日のように、学生と一体となって文化を紹介しあったり、お互いのことばのニュアンスのちがいを知って、世界がひろがったりします。
収入は少なくても、それ以上にたくさんの心の豊かさを得られる仕事と思って、私は20年間つづけてきました」
わたしはサヤさんに「日本語教師は楽しい仕事です」と、せいいっぱいアピールしました。
サヤさんは、
「私は卒業したら、ぜったいに日本語教師になりたいです。
大学を選ぶときも、日本語教員養成コースがある大学を選んで受験したんです」
と、たいへん意欲的でした。
授業もまじめに熱心に受講しているサヤさん。きっとよい日本語教師になれるだろうと思います。がんばってね。
いつも、学生発表から多くのことを学ばせてもらっています。留学生の作文や文化発表はもちろん、日本人学生からもいろんなことを知ることができました。
日本語教員養成コースの学生には、今期「日本語トリビアの発表」を教室活動のひとつとして義務づけました。
日本語への関心を深める目的と、教員志望者が教壇に立って、他の学生に向かって発表する機会を設けるためです。
毎回「人前に出るのが苦手でしたが、何度か発表をしたあと、わりあいに楽に人前で話せるようになってきました」という感想がでてきます。
日本語トリビアに関しては、私が知らないこと、「ヘェッ」と感じたことを発表した学生が「高ポイント」を獲得できます。また、他の学生が授業コメントに「知らなかった」「はじめて知った」などの感想を書き込んであると高ポイント。
「今日の発表で聞いた話は、前から知っていたので、へぇと思わなかった」となると、へぇポイントが下がります。
今期も、わたしが知らなかったことを発表してくれた学生が、何人かいました。
ひとりは、「語源探索」の発表で「ビビる」の語源について。
なんとなく「おそれおののくようす」の擬態語からきているのではないか、と、感じていましたが、語源は知りませんでした。<つづく>