春庭Annex カフェらパンセソバージュ~~~~~~~~~春庭の日常茶飯事典

今日のいろいろ
ことばのYa!ちまた
ことばの知恵の輪
春庭ブックスタンド
春庭@アート散歩

ぽかぽか春庭「引用、インスパイアについて」

2020-09-27 00:00:01 | エッセイ、コラム
20200927
ぽかぽか春庭ことばのYa!!ちまた>再録千の風になって(3)引用、インスパイアについて

 2008年に書いたコラムの再録を続けています。
~~~~~~~~~


2008/10/06
ぽかぽか春庭ことばのYa!ちまた>千の風になって(3)わたしはきらめくダイヤモンド

 「墓」に「骨」を残すことは「制度」としては残っていくでしょう。でも、それにしばられることはないのだ、と考える人はしだいに増えていく。
 葬送や死者を偲ぶ方法は多様化していくでしょう。

 私自身、これまでも母、父、姉をしのぶのに、年に数回は檀家の寺へ出向いてはきましたが、普段は、両親や姉とすごした日々を思い出すことが供養だと思っています。

 5歳のときにメーテルリンクの『青い鳥』のなか、「死者たちの国」に出かけたチルチルミチルが、おじいさんとおばあさんに「私たちを思いだしてくれたとき、私たちはいつもおまえたちに会っているんだよ」という場面を読んで以来、私にとって、供養とは、お線香や花を手向けることではなく「思い出す」ことになってきました。

 姉が大切にしていた人たちを守ること、両親が大切にしていた人のつながり、人の心を守ること、これが私にとっての「供養」です。

 新井さんの「千の風になって」との出会いの文を引用します。
 ===========================「
 千の風になって」は、いかにして生まれたか?  新井満

 私のふるさとは新潟市です。
 私の母は亡くなる91歳まで助産婦として生きた。
 この町で弁護士をしている川上耕君は、私のおさななじみです。
 彼の家には奥さんの桂子さんと三人の子供たちがいて、とても明るく幸せな家族生活を営んでいました。
 ところがある日、桂子さんはガンにかかり、あっというまになくなってしまいました。後に残された川上君と子供たち三人のおどろきと悲しみは尋常ではありません。絶望のどん底に蹴落とされたのも同然です。なぐさめの言葉を言う以外、私にできることはありませんでした。 しかし、そんなものが何の役に立つはずもありません。

 たくさんの仲間たち が協力して追悼文集を出すことになりました。「千の風になって-川上桂子さんに寄せて-」という文集です。
 文集の中で、ある人が「千の風」の翻訳詩を紹介していました。私は一読して心底から感動しました。<よし、これを歌にしてみよう。そうすれば、川上君や子供たちや、あとに残された多くの仲間たちの心をほんの少しくらいはいやすことができるのではなかろうか……そう思ったのです。
 「いつどこで生まれたのかわからない、風のような詩だ」
 何ヶ月もかけて原詩となる英語詩をさがし出しました。それを翻訳して私流の日本語訳詩を作りました。 それに曲をつけて歌唱したのが、この度の「千の風になって」という歌です。

================
 
 『千の風になって』を翻訳作曲した新井満さんは、新潟市の出身です。おさななじみの友達の奥様が亡くなくなったとき「千の風になって-川上桂子さんによせて」という追悼文集を出して、はじめてこの詩に出会ったのだそうです。

<つづく>

2008/10/07
ぽかぽか春庭ことばのYa!ちまた>千の風になって(4)わたしはそよぐ千の風

 新井満さんの母上は、91歳でなくなるまで、新潟で助産婦を続け、数千人の命と出会ってきた人だそうです。
 夜中でも雪の日でも、生まれそうだと聞けば出かけていき、一晩に三人の赤ちゃんを取り上げたこともあったそう、、、、。
 命と向き合う仕事の母上に育てられた新井さんだったからこそ、この「千の風になって」が生まれたのかな、と思います。

 春庭にとって、なんだかふるさとに出会ったような気持ちになれる歌だと思っていましたが、「この歌の出生のヒミツ」を知って納得。私の祖先は雪深い新潟の山の中で暮らしてきました。

 父母や姉の誕生日や命日、おりにふれて静かにその生涯を思い起こし、いっしょにすごした日々を振り返る、それが私にとっての「墓参り」だと、思ってきましたから、「千の風になって」の歌は、ちょうどぴったり私の気持ちに合っていると思いました。

 お日様の光を感じ、そよ吹く風を額にうける。朝は小鳥の歌を聴き,夜は星の光を見上げる。木々の葉ずれのささやきに耳を傾け、雨のしずくを手にのせる。
 その光や風や雨や音が、すべてのものが私へのメッセージ。

 元気ですか、という姉からのたより、いっしょうけんめいやっていますか、という父からのはげまし、見守ってるよ、という母のことば、、、、、、 
 ええ、私は大丈夫、元気にやってるよ。ちょっと足をくじいたりしたけれど。心はくじけてないよ。
 姉さんの死んだ年54歳も、お母さんの死んだ年55歳も越えて、年取ってきたけれど、がんばるからね。

 新井さんの「千の風になって」成立のエピソード、心うたれる話です。
 無名の人が作った詩が、世界中の人に知られ、歌われている。(惜しむらくは、Jasracの「引用するなら金払え」ですけれど、この件に関しては、春庭の前シリーズをお読み下さい)

 葬送の自由を求める声は、この歌に力づけられるように広がってきました。
 島根県隠岐の無人島「カズラ島」は、全島を「散骨所」として整備し、2008年8月12日に自然葬の島として開所式が行われました。

 自然葬、散骨を望む人が増えたことを背景に、東京の葬祭場が運営することになった「島全体がお墓」という散骨所です。
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.phoryid=505432004 

 千の風を口ずさみながら、海や森や島に散骨するのもよし、チベットの山奥に身を横たえて、亡骸は鳥たちに喜捨する「鳥葬」もよし。

 私は、この世の生を終えたら、お墓に眠っていることなく、風になって、自由に吹き渡っていようと思います。


~~~~~~~~~~
20191029
 「千の風になって」をめぐる随想を掲載したら、gooから「『千の風になって』」掲載の著作権使用費用をJasracに支払ってないから、掲載を差し止める」という警告が通知されました。著作権は守られるべきです。
 しかしgooスタッフによるこの警告は、著作権法を学んでおらず、やみくもに既成の著作を掲載しているかどうか、という杓子定規だけで発せられたものだと思います。gooスタッフのレベルの低さにあきれます。著作権に関わる仕事をしているのなら、著作権法くらい読んだらいいでしょう。

 著作権法著作権法32条1項[条文表示]で定められている引用条件を示します。(順不同ですが、以下の通り)
1)引用部分が公表された著作物であること
2)引用部分と自己の著作物の区分が明瞭であること
3)自己の著作物が「主」であり、引用部分が「従」であること
4)「引用の目的上正当な範囲内」であること
5)出所を明示すること
6)改変など、引用部分の著作者人格権を侵害しないこと


 春庭の引用は、上記の条件に適合したものであったと考えます。
 以上で、「千の風になって」を引用したためにgooから掲載拒否された2008年の春庭コラムの「『千の風になって』をめぐる随想」の再掲載を終わります。

<おわり>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする