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ぽかぽか春庭「アニメまとめ見」

2020-09-22 00:00:01 | エッセイ、コラム
20200922
ぽかぽか春庭シネマパラダイス>2020コロナに負けずの映画(8)アニメまとめ見

 フライングUPした「アニメまとめ見」を再度UP。
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 コロナ自粛の間、家のテレビでこれまで撮りためてきた録画映画をせっせと消化。ことに、わたし一人ではあまり見ることがないアニメをまとめ見しました。
 娘が見てよかったもののうち、私が見ていなかった『聲の形』『打ち上げ花火下から見るか横から見るか』、テレビ放映を録画してみました。また、娘がロードショーを見てきているディズニーアニメ、「母も見た方がいい」と娘はDVDを注文。『アナと雪の女王2』、特典映像や監督の制作エピソードなども楽しみました。

 録画で見た実写版『ジャングルブック』。娘は「母もアニメ版をいっしょに見たはずだよ。私も子供の頃見たきりだから忘れている部分が多いけど」と、二人で見ました。私はほとんど忘れていました。

 少年モーグリはブルースクリーンの前で演技をし、動物やジャングルの風景はCGで制作して合成するという手法で、ジャングルのようす、動物の動き、じつにリアルによく描けていたと思います。

 しかしリアルな動物やジャングル風景である分、不自然に見えてしまう部分、どうしてこのような選別をしたのかわからないことがありました。モーグリが狼語で仲間と話すのはわかるし、仲良くなった熊バルーや恩人の黒豹バギーラとも心通い合っているので話もできる。実の父を殺した凶暴な虎シアカーンから赤ん坊モーグリを救ってくれた黒豹バギーラは、モーグリが仲間の狼から離れないと群れを襲うというシアカーンから逃れるモーグリに付き添います。催眠術を使う大蛇のカーも話せる。
 そのほかの動物の中、モーグリが象の赤ちゃんを助けて、象とよい関係を作れたと思ったけれど、象はモーグリと言葉をかわさない。いったいどういう基準で話すことが出来る動物と話せない動物をわけているのか、わかりませんでした。
 キングコングのような大猿キング・ルーイは「赤い花(火)を手に入れて人間のようになりたい」と願っているので言葉が通じるけれど、手下の猿どもは話せない。

 さらに「狼に育てられた」という設定には合わないのが、モーグリが赤ん坊のときに履いていた赤いパンツ(ふんどし?)をずっと履いていること。
 狼や犬などは、赤ん坊に排泄させるときは、尿やフンを舐めとりますから、モーグリがパンツを履いていたのでは、母狼ラクシャはモーグリの排泄処理ができません。
 キップリング原作の本の初版挿絵がパンツを履いているモーグリだったのかもしれないし、当時の小説は動物の赤ん坊がどうやって母親に排泄処理をしてもらうのかなんて気にする読者はいなかったろうから、ウォルト・ディズニーの遺作となった1967年のアニメもモーグリがパンツ履いていたのだろうと思います。
 2016年の実写版でも、どうしてもモーグリをフリチンで画面に出すことはできなかったのだろうと思うけれど、私にはパンツは不自然でした。モーグリがふりちんで飛び回っても、それでR指定なんかにならないと思うんだけれど。

 もうひとつ、2016年実写版ならシーンを加えて欲しかったのは、道具について。モーグリが石をかち割って石器を使いこなしたり、道具を使えること、どうして道具が使えるのか。
 動物の生態学研究が進み、猿が棒をシロアリの巣につっこんでアリ釣りをしたり、鳥が大きな石を上から落として木の実や貝をわって食べる例が報告されているので、そういう場面をモーグリが見て、道具を使うことを学んでいるようすがあったらよかったのに、と思いました。狼に育てられたら、絶対にひとりで道具を使えるようにならない。火と道具の使用、ことばの使用は人間が人間に育てられることによって学ぶことですから。

 もちろんディズニーアニメなんですから、そんなこと考えずに楽しめばいいこと、なんでもアリなのはわかってます。でも、ジャングルブックには、他のディズニーアニメと違って、魔法が介在しているようすがないので、つまらぬことを気にしてしまいました。
 そういえば、「くまのプーさん」「わんわん物語」「101匹わんちゃん」などの動物物には魔法使いが出てこず、他のディズニーのヒットアニメのほとんどに魔法使いが出てきます。魔法使いがいるなら、魔法の力でかぼちゃが馬車になろうと野獣が涙によって王子になろうと足と舌を交換しようとランプから巨人が出てこようと何でもありです。

 『アナと雪の女王2』は、主人公エルサの魔法の力が何に由来するのかということがストーリーの要。ストーリーはよく出来ていたし、CGはとてもきれいだし、北極圏に住むサーミ族をモデルにした北の民族の描写もよかったです。
 DVD特典映像の「風の精ゲールの描写」制作エピソードなども面白かったです。私は「アナ雪1」より気に入りました。

 『聲の形』、聴覚障害を持つ少女へのいじめ、いじめた側がこんどはいじめにあうストーリー、心が通じ合うまでの描写、私にはちょっと苦しかった。京都アニメーションのその後の運命が頭にあったからかもしれません。これを実写版でやったらもっと息苦しくなるかも。

 『打ち上げ花火下から見るか横から見るか』
  1993年にフジテレビで放送された岩井俊二監督のテレビドラマも。1995年に公開された映画も見ておらず、2017年のアニメ作品でストーリー初めて知りました。
 
 なずな、典道、祐介は「茂下(もしも)町」のクラスメート。「もしも」をキーワードにパラレルワールドが現れ、3人の関係はもつれながら、不思議な世界の中、青春のひとときが輝きます。夏の光や海がとてもきれいで、日本のアニメの質の高さを感じました。

 テレビ録画していたアニメ、ほかにジブリの『コクリコ坂』や『借りぐらしのアリエッティ』も何度目かの視聴。高畑勲の『赤毛のアン』も何度目かの再視聴。

 ディズニーもジブリも、他の日本のアニメ作品も、たくさんのスタッフがよい作品を作り上げるためにそれぞれの仕事に携わっていること、アナ雪2のメイキングを見ても感じます。ほかの映画でももちろんそうですが、アニメ、CGにはものすごい労力がかかっているのを知ると、テレビ放映では最後のクレジットが省略されてしまって、スタッフの名前を知ることが出来ないのが残念です。
 京都アニメーションの亡くなったスタッフさんにお礼を言って見終わりました。

<おわり> 
コメント (4)
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