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ぽかぽか春庭「ブータン山の学校」

2022-04-05 00:00:01 | エッセイ、コラム


20220405
ぽかぽか春庭シネマパラダイス>2021シネマ拾遺(1)ブータン山の学校

 「ブータン山の学校」。3月28日に予定されている第94回米アカデミー賞の「外国語映画賞」に最終ノミネート5本に入りました。岩波ホールで公開されてから半年後に飯田橋ギンレイで鑑賞しました。ドキュメンタリー記録映像以外のブータン映画を見たのははじめてです。

 監督のパオ・チョニン・ドルジは、ブータン出身。1983年生まれ。作家、写真家、映画監督。

監督脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演
・ウゲン:シェラップ・ドルジ
・ミチェン:ウゲン・ノルブ・へンドゥップ
・ペムザム:ぺムザム 
 
 ヒマラヤ山脈の標高4800メートルにある実在の村ルナナを舞台に、都会から来た若い教師と村の子どもたちの交流を描いたブータン映画。ミュージシャンを夢見る若い教師ウゲンは、ブータンで最も僻地にあるルナナ村の学校へ赴任するよう言い渡される。1週間以上かけてたどり着いた村には、「勉強したい」と先生の到着を心待ちにする子どもたちがいた。ウゲンは電気もトイレットペーパーもない土地での生活に戸惑いながらも、村の人々と過ごすうちに自分の居場所を見いだしていく。

 

 原題「ヤクのいる教室」の子供たちのようすが、ドキュメンタリーのように撮れていると思ったのですが、実際にドキュメンタリーの手法と同じく、自然に授業を受け、生活している子供を撮影して編集したのです。
 映画を見ているうち、学級委員役だけが子役で、あとの子供たちは、村の子供たちの出演なんだろうなあ、と推測したのに、学級委員役のペム・ザム も村の子供のひとりでした。

 本作が初メガホンとなるパオ・チョニン・ドルジ監督が、出演している地元の子供たちに、撮影の最初に言い聞かせたこと。「これから授業をするから、授業をうけてください。部屋の隅にカメラを置いておくので、カメラを見てはいけません」
 監督の心配は無用でした。子供たちは、電気も水道もない生活のなかで、映画もテレビも見たことがなく「カメラのレンズを見る」ってことがどういうことかも知らなかった。
 子供たちは、新しい先生から授業を受けることを楽しみに待ち、キラキラした眼で先生の一挙手一投足を見つめ、先生の声を聞く。

 映画のラストクレジットをじっと見ていたら、学級委員役のペムザムを演じていた出演者名がペム・ザム 。びっくり。
 クラスメートのみならず、主役級の子役も地元の子供がそのまま出演していたのでした。
 しかも、子供たちも出演した村人たちも、自分たちが出演した映画をまだ見ていない。監督の「必ず上映会をします」という約束が、コロナのために果たされていないから。

 電気も水道もトイレットペーパーもない村で、人々は「私たちは幸福だ」と感じて生きていました。これまでは。
 急激な情報社会の変化で、都市部にはスマホも普及し、テレビなどがみられるようになった村では「よその国には私たちが知らない物質があふれ、私たちが見たこともない幸福があるらしい」と知り始めたというのです。
 ほとんどの国民が「私はしあわせだ」と言っていた国が変化しつつあります。 
 
 監督は、自然の中で自然のままに暮らす村人たちを美しい映像で描きとり、本当の幸せとは何かを問いかけました。
 歌手志望だった主人公ウゲンが、希望通りシドニーに移住し小さな店で歌う仕事もできたというのに、少しも幸せそうに見えません。しかし、けっしてウゲンは標高4800メートルの山の中に帰るとは言いださないでしょう。彼はシドニーの生活を知ってしまったからです。

 最も近い小さな町から、道なき道を歩いて 1週間もトレッキングして到達する山の奥も奥のルナナ村。
 ルナナ村の人々にテレビやスマホが届けられたのち、山に向かって歌う幸せや助け合って暮らす村人の幸福はどうなっていくのでしょうか。


 監督におねがい。外国語映画賞ノミネートで映画も売れるだろうから、ルナナ村の小学校にぜひ、勉強用のノートと鉛筆を届けてほしい。
 私が40年前にケニアに滞在したとき、タカ氏といっしょに訪問した田舎の小学校でのこと。ノートを持たない生徒たちに、小学校の先生は木の枝をそれぞれに持たせ、「Andika、書け!」と命じ、子供たちは地面にAだのBだの書いていました。ケニアだとはだしの子供たちが校舎の外で授業を受けていても寒くはなかったですが、標高4800mで暮らすペムザムたちには、凍った地面は過酷です。

 村の子供たちが、自分たちが出演した映画を見る日がきますように。

<つづく>
コメント (2)
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