2021201
ぽかぽか春庭アート散歩>2022アート散歩版画を見る(1)ヴァロットン展 in 三菱一号館美術館
ヴァロットン、全然知りませんでした。ヴァロットンの作品を多数所蔵している三菱一号館は、10年前にもヴァロットン展を開催したそうなのに、私は展覧会チラシをどこかで見かけても「版画、、、地味!」と思って展覧会には出かけなかったものとみえます。
今回見る気になったのは、せっかく年間パスを買ったので、期間中の展覧会は全部見ないと「元とれない」という、いつもの精神から。

三菱一号館の口上
ヴァロットンについて
スイスに生まれ、19世紀末のパリで活躍したナビ派の画家フェリックス・ヴァロットン(1865‐1925)は、黒一色の革新的な木版画で名声を得ました。 三菱一号館美術館は、世界有数のヴァロットン版画コレクションを誇ります。 希少性の高い連作〈アンティミテ〉〈楽器〉〈万国博覧会〉〈これが戦争だ!〉等の揃いのほか、彼が生涯に制作した版画の大部分を網羅する貴重な作品群です。 本展では約180点からなるコレクションを一挙初公開します。
ロートレックについて
当館と2009年より姉妹館提携を行うトゥールーズ=ロートレック美術館(フランス、アルビ)は、2022年に開館100周年を迎えます。 同時代に活躍し、ともに“パリの傍観者”であったヴァロットンとロートレック。 彼らは、歓楽街や裏の社交界など、社会の周縁で生きる女性たちに視線を向けました。 本展ではロートレック美術館の協力のもと、一部展示室にて特別展示を行います。 当館およびロートレック美術館の所蔵作品により、ヴァロットンとロートレックを比較する新たな試みとなります。
展示の構成は。
第1章 「外国人のナビ」ヴァロットンー木版画制作のはじまり
第2章 パリの観察者
第3章 ナビ派と同時代パリの芸術活動
第4章 アンティミテ : 親密さと裏側の世界
第5章 空想と現実のはざま
展示の中にはヴァロットンの油絵も1点ありましたが、ほぼすべてし「黒と白」の版画です。しかし、思いのほか楽しめる展示でした。同時代のロートレックも比較展示されており、版画の豊かな表現力に感嘆しました。
公園、夕暮れ

中の一室だけ「撮影自由」でした。
ヴァロットンが「異邦人」の眼で観察したパリの町と人々。やや皮肉な目も感じられる生き生きとした人々へのまなざし。
埋葬や自殺など、これまでの絵画では扱われなかった題材「埋葬」「身投げ死体の引き揚げ」などにも目を向けていたヴァロットンの表現の幅に目を見張りました。
埋葬1891

(逮捕される)アナーキスト 1892

パリに出てきた当初のヴァロットンは、無政府主義や社会主義に近い立場をとっていたのだそうです。
喧嘩あるいはカフェの一場面(1892)

埋葬虫(死出虫)1892

埋葬した土の中から出てくるという「死出虫」。まだ埋めてもいない、これから葬送車に押し込もうという場面にこのタイトルをつけたのはなぜだろう。生前から死臭を放つような人の埋葬だったのか。
難局1893

狭い階段を通り抜けて棺桶を下ろそうと難儀している人々。死んだ後まで難しい人生の人だったか。
暗殺1893

ベッドの上に振り上げられたナイフ。暗殺者をつかむ腕は男性のように見えますが、いったいだれがだれを暗殺したのでしょうか。
ヴァロットンは「死」をテーマにさまざまな場面を描きだしました。世紀末の喧騒としたパリで、祖国から華やかなパリに出てきたヴァロットン。父の事業の失敗原因あるによって仕送りもなくなったヴァロットンは極貧のなかで、必死に「売れる題材」「人々が飛びつきそうなテーマ」を探し、生活を維持していきました。
とおり4日38かは稲村
処刑1994

1907年にヴァロットンが執筆し、死後に出版された半自伝的な『La Vie meurtrière(殺意の人生)』 も、そのタイトルからしてヴァロットンが「死」というテーマにとりつかれていたことがうかがえます。
祖国を讃える 歌(愛国主義者たちによる)1893

さまざまな表情をしながら歌う「熱狂的愛国主義」。熱狂する人々のこわさも見えてくる多彩な表情です。
突撃1893

自殺1894

婦人帽子屋1894

ボンマルシェ(百貨店)

突風1894

かわいい天使たち1894

以上の版画や「息づく街パリ」シリーズ(1893)を見ていると、世紀末のパリのさまざまな街のようすがありありと浮かびます。
息づく街パリの口絵1994

切符売り場

学生たちのデモ行進

(警察に追われる)街頭デモ

事故

にわか雨

歌う人々

豚箱送り

カラー印刷の表紙。雑誌『ル・リール』1895,1896




雑誌や新聞の挿絵として、その日その時の人々の様相を描き出し、「パリの今」を伝えたヴァロットン。斬新大胆な構図は当時のヨーロッパに、色遣いや構図において衝撃を与えていた浮世絵の影響もあったとされています。
一番目に焼き付いた作品は

白い猫をなでる白い肢体。ベッドカバーの白黒柄との対比が心地よく、「黒と白」という展示テーマに沿ったいちばん心地よい白黒でした。
20世紀に入ると木版画の仕事は減り、戯曲や小説の執筆を行っています。
1925年、60歳の誕生日の翌日、パリでガンの手術後に死亡。
「年間パス」の「元とる」ために観覧したヴァロットンでしたが、思いがけずよいひとときとなりました。
<つづく>