20221203
ぽかぽか春庭アート散歩>2022アート散歩版画を見る(2)版画で見る演劇 in 西洋美術館
西洋美術館は、テーマによって所蔵作品を「常設展」の中の「企画展」として展示してくれます。前回観覧した企画テーマは「ル・コルビジェの抽象画」でした。常設展の中で見ることができるってことは、65歳以上の人はいつでも無料で見られるってこと。無料大好き。
2022年10月から2023年1月までは、「版画で見る演劇」が常設展示室企画展テーマです。
ドラクロア
死にゆくオフェーリア1843
ドラクロアは、この版画をもとにして、10年後、油絵「オフェーリア」を完成させました。左右が逆転していますが、モチーフは同じ。
白黒であるほうが、いっそう悲劇が迫る気がしてしまう。
シェークスピアが執筆した戯曲『ハムレット』の中で、オフェーリアの死は、女王の口から伝えられます。だから、オフェーリアの死の場面は、画家の想像力によるものです。
しかし、ドラクロアの版画を見た人は、演劇では女王の口から伝えられるのみのオフェーリアの姿をありありと思い浮かべたに違いありません。
演劇や映画の映像は、動きのあることが強いイメージを喚起するものですが、動いたあと消えてしまうことが弱点です。その点、版画におこされて広く敷衍した場面は、静止しているがゆえに、より一層の強い印象を残すものとなります。
演劇を見た人には長く心に残るものとなり、見なかったひとには、「ぜひこの演劇を見たい」と、憧憬かきたてるものとなったことでしょう。
演劇が大衆の間に浸透し、強い影響力を持ったのも、版画によって人々が演劇の力を内面化することができたからではないでしょうか。
西洋美術館の口上
18世紀後半から19世紀前半にかけて勃興したロマン主義運動は、文学・音楽・美術など分野を超えて展開し、なかでもフランス・ロマン主義においては外国文学を着想源とした情感豊かな作品が生み出されました。特に古典演劇の規範から外れた自由な構成で、運命や自然に抗い苦悩する人間の姿と心理を描いたシェイクスピアとゲーテの戯曲は様々な芸術家たちに影響を与え、美術においては画家ウジェーヌ・ドラクロワ(1798-1863 年)とテオドール・シャセリオー(1819-56 年)に霊感をもたらしました。
本企画では、当館所蔵作品より、ドラクロワ最初の文学主題版画とされる《魔女たちの言葉を聞くマクベス》をはじめ、ロマン主義版画における金字塔ともいうべき連作の数々―ドラクロワの〈ファウスト〉と〈ハムレット〉、そしてシャセリオーの〈オセロ〉―を展覧します。同時代の舞台表象の影響をうかがわせる一方で、いずれも場面にみなぎる感情の描出において独創性を有するこれらの作品は、まさに二人の画家の綿密な精読と豊かな想像の結実ともいうべきものです。
ドラクロワとシャセリオーによって命を吹き込まれた登場人物たち、そして鮮烈に描き出されたドラマの数々をご堪能ください。
ドラクロア「ゲーテの『ファウスト』より」
空を飛ぶメフィスト
シャセリオ―「オセロとデズデモーナ
中に1点シャガールによる版画がありました。
シェークスピアの戯曲では舞台で演じられることはなかった「歌を歌いながら川を流れ、溺死するオフィーリアの姿が、画家たちにインスピレーションを与えて絵画に描かれ、私たちが思い浮かべるオフィーリアといえば「川面に漂うオフィーリア」になっていること。
社会に浸透したイメージが、画家が描き出した画像によっていることを、これほどはっきり意識したことはなかったのです。
演劇が広く近代社会文化全体に強い影響を与えてきたことは、河竹登志夫や渡辺保に習ったことですし、演劇を見る観客としては50年以上、たった半年であったけれど、プロの役者としてお金を得ていた時期もあったことを思い出すと、そこそこ演劇とかかわりあってきた人生でした。それなのに、「川の中のオフィーリアが、ハムレットの母王妃の口から語られているだけ」という事実は日頃少しも頭に思い浮かばず、オフィーリアを思うと必ず「川流れ」の姿になっているってこと、今回よくよく思い知りました。
ドラクロアもシャセリオ―も、演劇を2次元化して敷衍することによって、「社会文化」を活性化したのだと言えましょう。
「65歳以上無料」で見せていただいた西洋美術館企画室。ありがたいことでした。
<つづく>