ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

茨城県常陸太田市、太田(舞鶴)城跡です!!

2015-01-04 13:35:34 | 城跡・館跡・陣屋跡
太田城跡は、遺構のほとんど消えてしまっています

常陸太田市役所の西側に広がる比高20mほどの台地すべてに広がっていたようです


市役所東側の里川を越えた、機切小学校の上の住宅地から、西に広がる太田城跡を眺めます

城跡へ行きます



本丸跡は常陸太田市立太田小学校の敷地になっています

門の内側に舞鶴城趾の大きな石碑が建っています

小学校の北側に広い空き地が有ります、三の丸が有った位置と思われます、大きなケヤキの木が見えます

二の丸跡へ行きましょう


南側に若宮八幡宮が有ります、駐車場の看板に舞鶴城二の丸鎮座と有ります

階段を登ると鳥居です

若宮八幡宮・太田稲荷神社の由来が有ります

若宮八幡宮御由緒

両社は、永応年間(1394~1428)佐竹十三代義仁公が鎌倉鶴岡八幡から舞鶴城中に勧進守護する
その折、神女鶴子が供奉して来り数世祭祀を司った
慶長十四年水戸威公七歳の時、駿府にあり病を得当社に祈り、日ならずして快癒した
宝永五年中山備前守釣命を奉じ両社を今地に造営す
往年は久慈浜鎌坂に磯降りの神事が行われた
「新編常陸国志」に「若宮八幡宮神体は絵像」とある
即ち、義仁公 当社勧進の時 鶴岡八幡尊像を写し 
本絵と共に持参し今に在る と伝えている
明治十四年郷社に列せられる 祭礼五月十五日
御祭神 大鶴鷯命 仁徳天皇 理想の聖帝と称えらる

太田稲荷神社御由緒

鶴岡八幡の宮地松ヶ丘に稲荷神社あり
因って丸山に遷し祀った故事に倣い同社とした
元禄五年義公城中に桜花を尋ね 稲荷の御神体を拝し幣礼した
「新編常陸国志」に「稲荷明神神体は石剣宝物」とある
御祭神 倉稲魂命 五穀の祖神と称えらる

御宝物

絹本着色僧形八幡絵像 稲荷大明神石剣形宝物
軍扇(伝新羅三郎義光所持)両社縁起(丸山可澄書)
扁額 若宮八幡宮御神号掛軸(有栖川義犠仁親王書)

境内社

天満宮 源義家公奥州征伐の武運を祈る


神木でしょうか

幹回り11,4m樹齢640年の立派な物です


境内には大きなケヤキの木が並びます、県の天然記念物に成っています

手水舎です

拝殿です

拝殿脇にも大きなケヤキが有ります

本殿です

鳥居前から西側の西山公園を眺めます

では、次へ行きましょう





コメント
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