2013.9.19(木)快晴 考察の続き
水抜き線と表示したが、そういう言葉が盃状穴研究者の間にあるわけではない。あくまでわたしの造語であるので悪しからず。
古代の遺跡である盃状穴いわゆる一義的盃状穴に穴と穴を結ぶ線のあるものが報告されていたのを思い出す。ちょうど飛鳥の酒船石の線のような感じである。
インターネットで集めた各地の盃状穴の画像にもまれではあるがそういう線が見られる。この線も今まで見てきた盃状穴には存在せず、今回が初見である。
下段石段の最上段のものは盃状穴もいびつで穴の面が滑らかでなく、水抜き線も他のものとは線刻の方法が違っている。
一段目左の穴と線、穴はいびつで線ははっきりしている。
後で述べる中段最上段の「小田」の落書きと同一の方法、おそらく釘などの金属を使用して穿たれたものではないだろうか。釘だと回転による穿孔ができないので、いびつでごつごつした穴になるだろう。また線は深くはっきりしたものとなる。従ってこの穴は子供のいたずらと思われるが、それにしても他の盃状穴と水抜き線を意識したものであるには違いない。
他の水抜き線はすべてが浅く漠然とした溝で、判断しにくいものも多い。踏石の外部に水を抜くがごとく穿たれているが、線というより溝といった方が適切かも知れない。外部に向かわず、穴と穴を連結しているものが2本見つかったが、判断しにくい状態である。
47段目右 左の溝ははっきりしている。右の溝はわかりにくいが、中の二つもつながっているようにも見える。
82,83段目、割合はっきり見える。
85段目 左のものは真っ直ぐの溝と左に出ている溝が見える。
89段目 最も大きい穴から真下へ、そして左の穴へ、左の穴から斜め右に溝がある。
90段目 こういうのが一般的。
これらの溝が人工のものか、水流による自然のものかという事については、人工のものと判断して良いだろう。水流でほれるものならすべての盃状穴にあってもいいし、他の地域の盃状穴にも存在するだろうから。
ただその溝が盃状穴と同時に作られたものか、あるいは後日草搗き遊びなどの際にほられたものかは判断できない。わたしは後者の可能性が高い気がする。
「小田」の落書きについて
子供のいたずらであることには違いないが、見つからないように短時間で仕上げるにはやはり釘などの金属片を使用したと思われる。
逆に釘などを使えば、柔らかい石材には簡単に彫れることを証明している。ちなみに小田の姓は上林の電話帳にはない。古文書に小田某の名前を見たことがあるのでかつては小田家があったのかも知れない。はたまた、隣の地域の小田の誰かが彫ったのかも知れない。つづく
【作業日誌 9/19】
じょんのび谷水道整備
取水箱のあった位置、完全に崩壊。
【今日のじょん】読売新聞のあやべうおっ知の取材に来られた。じょんも載るかもよ。(10月1日、折り込み)
涼しくなったぞ、遊びに来てくれい!
【お知らせ】9月22日開催予定の2013里山サイクリングが、18号台風によるコースの不良のため中止となりました。残念ですが致し方の無いことです。