原作はミステリ的色彩が濃いものだった。それは……
・主人公である山形出身の女中、タキの自叙伝が“信用できない語り手”によるものだったこと。
・最初の主人によって、良い女中のとるべき行動のヒントが伏線として語られていること。
・タキの行動は、一貫して“ある事情”によるもの。その事情こそがミステリとしてのキモ。
山田洋次がミステリを監督するとなれば、あの「霧の旗」以来ということになる。でも最初にこの企画を聞いたときは驚いた。だって山田洋次が○○愛の映画を撮る?倍賞千恵子、吉岡秀隆といったいつもの山田ファミリー(というより寅さん一家)でそれは無理だろう、と思ったので。
しかしそこにこそ山田が映画化を熱望した理由があったのかもしれない。おれにだって成瀬や小津のように、端正なキャストで露骨な描写なしに艶めかしい物語を紡ぐことはできると。
それが成功したかは微妙なところだけれど、若奥様(松たか子)とタキ(黒木華……これほど割烹着が似合う女優もめずらしい)の脚を中心に、子どもをマッサージする手、和服を身に着ける所作(松たか子はさすがですねえ!)などで画面に艶を出そうとしている意図は伝わる。
「この戦争は、終わるんでしょうか」
「始まったものは、いつかは終わるのよ」
そのとおりに、若奥様の儚い不倫は終わりを迎える。そして戦争も。しかしタミの悔恨の日々だけが終わらなかったエンディングは、もっとシンプルに描いた方が感動は深かったはず。
まあ、わかりやすいことが身上の監督だから、現政権への皮肉もあからさま。
「やさしい言葉で、勇ましいことを言うやつがのさばる。いやな世の中だ」
現代が戦前と似た状況にあることを強く主張している。そこをもうちょっと寸止めで語っていただけると……82才の巨匠に、いまさらそんなリクエストはよけいなことでしょうが。