「じゃあ、映画でも。」
しめた。なんにしよう、アナ雪かな、スパイダーマンかな。
「鶴岡で『鉄くず拾いの物語』をやってるの。それにしましょうよ」
えええええっ、よそうよ。どうして黄金週間にそんな暗い映画を。わたし「バックコーラスのディーバたち」のときに予告編で確信していたの。絶対にこれを見ることはないだろうなと。
いやあ、しかしなんでも経験です。すばらしい作品だった。妻よありがとう。
ボスニア・ヘルツェゴビナにおいて、貧困が引き金になった小さな事件を、その当事者に演じさせたほとんど再現フィルム。わずか9日間で撮りあげたという。
主人公は定職をもたず、乗り捨てられた車を解体などして生計を立てている。豊満な(という形容をすでに超えているような気も)妻と、愛らしい娘ふたりと暮らすおだやかな日々。しかし、妻が流産し、手術費用を払えないことから夫の右往左往が始まる……
薄刃で切り取るように背景が次第にあらわに。ボスニア紛争において血で血を洗う大量虐殺があったこと。主人公一家がロマ族(政治的に正しくない言葉だとジプシー)なので差別されていること。流産ひとつで死を覚悟しなければならないほどボスニア・ヘルツェゴビナが国家として弱体化していること……
家族が住む村と、病院のある都会を往復するたびに、巨大な火力発電所がそびえ立つカットが挿入される。発電所が象徴する権力や体制は、小さな家族の大きな不幸に手を差しのべない。それはボスニア・ヘルツェゴビナだけのことなのか。
この作品はベルリン映画祭三冠に輝いた。監督のダニス・タノビッチは当然だとしても、驚きなのは演技経験のまったくない父親役(というか父親の)ナジフが主演男優賞を取ったことだ。
おそろしいほどに自然体な演技(なのか)。“夜の合図”を夫が送り、妻が恥じらうくだりなど、いったいどうやって画面に定着できたのだろう。彼らの自然さはプロの俳優たちへの痛烈な皮肉になってしまっている。
もっとも、おかげでナジフは定職に就き、保険証をゲットできたとか。映画がつくりあげた、ひとつの奇跡の物語。ぜひ。でも明日で鶴岡の上映は終わっちゃうけど(泣)。