再読。志水辰夫らしい苦みと、切れ味と、そしてほんの少しの甘みが味わえる短編集。それぞれの主人公が、世間から少なからず逸脱しているあたりが例によってハードボイルド。
もっとも長い「ひょーっ!」(なんと秀逸なタイトルだろう)は、こんな話だ。
法律すれすれの商売で財を成した男が、末期の姉を見舞う。すでに昏睡状態の彼女に、男は昔を思い返しながら語りかける。
壮絶な過去。酒乱の父。暴力に耐えかねて消える母親。淫売に身を堕として家計を支える姉に、なおもたかり続ける父親を姉弟は……
姉はもちろん死にゆく身体だが、男もどこかで死を覚悟している。そのさじ加減が絶妙です。
三十三回忌を迎え、生活と男に疲れた女性が母親の遺骨を掘り返してもらう「もう来ない」では、その墓掘り人夫が、行方知れずだった父親であることを、一瞬の手のふれ合いで悟る。
そうです、チャップリンの「街の灯」をここまでみごとに引用するとは。しかも志水らしく、彼女は父親であることを察しながら、名乗り合うこともなく乾いた別れを選ぶ。ううう渋い。
「うしろ姿」というタイトルに象徴されるように、登場人物たちはすべて自分の時代は終わったと感じている。その諦念と、下り坂をゆっくりと、しかししっかりと下りる意地の共存。
「こんな形の小説を書くのはこれが最後になる」と志水はあとがきで語る。わたしはこの作品集に感動しながら、しかし片側でうれしくもある。
だって次のステージが「青に候」「みのたけの春」「夜去り川」そして蓬莱屋シリーズという、最高の時代小説群なのを知っているので。ああ、しあわせ。
うしろ姿 (文春文庫) 価格:¥ 596(税込) 発売日:2008-06-10 |