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赤狩りに対して、夢の世界の住人だったハリウッドはいくつかのグループに分かれる。
・積極的に反共に加担したグループ……ジョン・ウェイン、ロバート・テイラー、ゲイリー・クーパー、セシル・B・デミル、ウォルト・ディズニー
・批判的な立場を明確にしたグループ……ハンフリー・ボガート、チャーリー・チャップリン、ジョン・フォード
……監督組合の会合で、セシル・B・デミルに向けてジョン・フォードが語った言葉は歴史に残っている。
「わたしの名はジョン・フォードだ。西部劇をつくっている。わたしはセシル・B・デミル氏以上に、アメリカの大衆が見たいものを知っている人間はいないと思う。 その点においてわたしは彼のことを尊敬する。だがデミルよ。俺はあんたが嫌いだ。あんたの意見も、今夜ここで言ったことも嫌いだ。」
ジョン・ウェインとフォードがまったく違う姿勢なのが趣き深い。
悲惨だったのは第三のグループ。ハリウッド・テンに共鳴しながらも、仲間の名を売ってしまった人たち。「エデンの東」「波止場」で知られるエリア・カザンがそうだったし、映画「トランボ」でも、ゴッホの絵を売ってまで支援したエドワード・G・ロビンソンが苦渋の表情をうかべている。ちなみに、彼は絵画についておそるべき目利きだったそうで、彼のコレクションは評価が高い。
99年のアカデミー賞の授賞式において、エリア・カザンが功労賞を送られたときのエピソードも有名だ。ふつう、この賞を授与された人間を会場みんながスタンディング・オベーションで迎える。しかしカザンの場合は、まったく無視するか、おざなりの拍手しか送らない業界人がけっこういたのだった。この裏切り者が、というわけ。まだまだ、ハリウッドにおいて赤狩りの傷は癒えていないのである。
長々と背景を紹介したのは、この「トランボ」をつくるのはとても微妙な作業だったろうことがわかってほしかったのです。以下次号。