大崎善生の原作や団鬼六の「真剣師 小池重明」などを読むと、将棋指しという人種はまことに異能の持ち主なのだと思い知らされる。棋譜を諳んじるのは当たり前、盤面を一瞥しただけで勝敗を占ってみせるなど、脳の回路が一般人とはちょっと(だいぶ)違うとしか。
性格の奇矯さも度外れている。天才の宿命か、ほとんどの棋士が高校にもいかずにひたすら将棋に明け暮れていることが影響するのか。そんな存在を、タニマチや後援会が庇護する。「あの子はねえ」と子ども扱いして。
村山聖(さとし)はそのなかでもとびきり子どもだ。ネフローゼを患い、入院生活のなかで将棋に出会い、棋界で頭角を現わしていく。少女マンガに耽溺し、牛丼は吉野家でなければダメと主張し(同意します)、不似合いにおしゃれな部屋に喜々として住む。大人になれないままの彼に、死病が忍びよる。
難病ものは苦手。作品の出来不出来に関係なく泣かされてしまう。この映画でも、まもなく死を迎える息子が、パチリパチリと将棋盤に駒を置く音に彼の孤独が象徴され、両親はたまらずに嗚咽する……泣けないわけない。
ライバルだった羽生善治に
「ぼくにはふたつの夢があります。ひとつは名人になることで、もうひとつは、女の子と恋愛がしたかった」
少女マンガへの傾倒と、古本屋の店員との淡い交流が、このセリフの陰にあったのか。天才だった彼は“普通の青春”にあこがれる平凡な青年でもあったのだ。
徹底的にモデルとなった人物になりきった出演者たちはおみごと。体重を増やした松山ケンイチはもちろん、寝ぐせまで似せた羽生役の東出昌大の指の演技もすばらしい。大崎善生の筒井道隆は最初から顔がそっくりだし、西原理恵子作品でおなじみの先崎学は柄本時生、おおお野間口徹が登場ということは絶対に佐藤康光役でしょ!と思ったら谷川浩司役でした(笑)。
ちょっと演出過多なところがあるのが惜しい。もうちょっと抑制されていたら傑作の誕生だったのに。でも一見の価値はありますよ。師匠を演じたリリー・フランキーがまたしても絶品なの。ぜひ。