柳沢きみおのマンガを相米慎二が映画化した「翔んだカップル」に、こんなシーンがあった。勇介(鶴見辰吾)と山葉圭(薬師丸ひろ子)の高校生カップルが歩いていると、道の向こうで老夫婦が仲睦まじく散歩している。圭ちゃんは感激して
「寄り添いあって生きるのって、素敵なことよね」
と勇介に語りかける。圭ちゃんは、これから彼女の人生には楽しいこと、うれしいことがたくさん待っていると確信しているようだった。当時、すでにひねくれていたわたしのような観客(と相米)はしかし、こう心の中でつっこんでいた。
「圭ちゃん、世の中にはつらいことの方がいっぱいあるよ」と。
「ふたりの桃源郷」は、山口放送がNNNドキュメントの枠で、25年間にもわたってひと組の夫婦を追ったドキュメンタリーだ。
田中寅夫さんは、戦争から帰ると故郷が焼け野原だったことで、妻のフサコさんとともに山口県の山奥に入植する。ひたすらに“食”を求めて。しかし三人の娘のために高度成長期の大阪に“下山”する。個人タクシーで娘たちを育て上げた田中夫妻は、還暦をすぎたころ、ひとつの決断をする。山に帰ろう、と。
電気も水道もない場所。川から水を運び、薪でお風呂をたて、食材はほぼ自給自足。夜は廃バスに置いたベッドの上で眠る……厳しい自然のなかで(ラストの空撮で理解できるが、まさしく油断していると森に呑み込まれそうな土地なのだ)、ふたりはとても楽しそうだ。寄り添いあって生きる、まさしくふたりにとっての桃源郷。
しかし、ご想像のとおりふたりの身には「老い」「病気」がしのび寄る。都会に暮らす娘たちは両親に山を下りるように何度も懇願するが(家族旅行のシーンがすばらしい)、ふたりは聞き入れない。それはなぜなのか。以下次号。