事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「ふぉん・しいほるとの娘」吉村昭著 新潮文庫

2018-05-16 | 本と雑誌

シーボルトの娘、オランダおいねのお話。吉村昭は徹底的に史実にこだわる人だから、おそらくこれが彼女の伝記の決定版だろう。

秦新二の「文政十一年のスパイ合戦」を読んだことがあったので、フォン・シーボルトが単なる医者ではないことは承知していたが、ここまで確信犯的に日本の情報を収集していたとは。

彼は長崎に滞在し、西洋医学(それは必ずしも最新のものではなかったが)を広めたことでまず歴史に残っている。弟子たちは彼を敬愛し、結束も固い。しかしシーボルトは政治的志向が強く、外交コンサルタントと自らを規定していたようだ。

すっかり忘れていたんだけれど、シーボルトはあまりオランダ語が得意ではなかった。だって彼はドイツ人だから。通詞には「わたしの言葉は方言なので」で通したのだからおそれいる。だから本来は「ドイツおいね」だったの。

さて、ヒロインのおいね。彼女の母親は長崎の遊女。美貌で知られた彼女は、気は進まないながらも“毛むくじゃらで赤い顔の大男”に身をまかせ、娘を産む。

日本唯一の国際都市、長崎にはそのような境遇の“あいのこ”は多く、偏見もあまりなかったようだ。しかし美貌のハーフであり、聡明で医学を志した彼女はどうしても目立っていく。

驚かされるのは、母、おいね、娘の三代の女性が、いずれも男に翻弄され(おいねも娘も強姦され、妊娠する)、同じような苦労をしていたことだ。

妻や娘がこんな屈辱をなめているのに、再来日したシーボルトはのほほんとしていて、なぜ自分が愛されないのかも理解できない。ほんとに男って……

この作品ではおいねはそんな経緯だから男を愛することはない。しかし彼女が登場する大河ドラマ「花神」においては、演じた浅丘ルリ子が……あ、これは極私的大河ドラマ史で。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする