芥川賞受賞作を読むのって久しぶりだなあ。でもなんかわたし向きなのではないかという匂いが……
当たりでした。
海外のIT企業に勤務し、エリートたちに日本語を教える女性がヒロイン。設定だけならおしゃれにも思えるが、彼女は多重債務のために前の亭主に「ちょっと行って稼いでこい」と追いやられたのであり、行った先はインド南部のチェンナイだったというあたりがひねってある。
というか、作者の石井遊佳は現実にチェンナイでいまも日本語教師をやっているのだとか。
そのチェンナイを百年に一度の洪水が襲い、町は水に沈む。ようやく水が退いたチェンナイに堆積した百年分の泥のなかから、さまざまな“記憶”にまつわる物や人が出てくる……
いかにも純文学っぽい紹介になったけれども、全体がブラックなユーモアでラッピングされていて、とにかく読ませる。ちょいと泣かせる大阪万博記念コインのエピソードの直後に、それがなんだとあっさりヒロインが吐き捨てるあたり、ハードボイルドでもある。
ありえたかもしれない出会い、ありえたかもしれない時間が実は無限にあり、それを単に自分が選ばなかっただけ、という思いが全篇をつらぬいている。
だからここに東日本大震災の影を見つけようというのは不毛な行為だ。むしろ百年という単位にガルシア・マルケスを想起した方が有益かと。
この作品で描かれているのは単に
“インドにおいては、富裕層は翼を装着して飛翔して通勤する”
世界を抽出して呈示しているわけ。あ、また純文学っぽくなってしまった。その飛んできたエリートたちは、着陸するときにプリッと糞をひり出すという、まるでいしいひさいちのような世界。作者のコテコテの関西人らしい笑いが炸裂。
大乗仏教とか輪廻とかこむずかしく考えなくても、「純粋に面白い文学」ですこれ。おすすめ。