家庭をかえりみず、自分の仕事に没頭してきた男。彼の仕事はデイリリーの栽培。
デイリリー?
忘れな草の一種で、一日だけ咲くことからこの名がある。彼はデイリリー栽培の名人だが、インターネットの時代に乗り遅れ、農場を手放すことになる。そこへ、メキシコの麻薬カルテルが目をつけた。事故や違反歴がなく、アメリカ中を旅した経験のある彼を、運び屋としてスカウトする。心ならずも運び屋稼業をつづける彼を、麻薬取締局が追いかける……
タイトルは「The Mule」素人の運び屋を意味するスラングだが、頑固者という意味もある。その頑固者を演じ、監督したのがクリント・イーストウッド。のんきに麻薬を運び、勝手に寄り道する90才の年寄りが、イーストウッドしか出せない味で淡々と描かれる。
シンプルなストーリー、奇をてらった部分のまったくない画面、いつものことだが、それでこれだけの作品が完成するのだから、やはり映画づくりの達人だ。きっとまた早撮りだったんでしょうね。
例によって事前情報をまったく入れずに観たので、捜査官にイーストウッド映画ではおなじみのブラッドリー・クーパー(「アメリカン・スナイパー」で彼は一皮むけたのだし、監督した「アリー/スター誕生」は、最初はビヨンセ主演、イーストウッド監督で企画されていた)とマイケル・ペーニャ(「ミリオンダラー・ベイビー」)が出てきてびっくり。
カルテルのボスをよく見たらアンディ・ガルシアだったのでもっとびっくり。自分の娘アリシアもキャスティングするなど、気合いをこめてつくったことがうかがえる。客の方も、ひょっとしたらこれが最後の主演作になるのでは、としみじみ。
そして、あのラストだ。遅咲きの男が最後に得たものとは……くうう泣かされたなあ。イーストウッドに関してだけは、まだ88才じゃないか、もっともっと映画を撮ってくれとわがままを言いたくなる。
「ジミー・スチュアートに似ているね」
といわれるたびに苦い顔をする、あの味わいをもう一度。