50代くらいでしょうか、鼻にかかった甲高い関西弁の男が電話で捲し立てます。
「おう、お前のところはどういう教育しとんねん。けったクソ悪い対応してからに。今日になっても気が収まらんわ。払ろうた金、今すぐ大阪まで持ってこんかい」こんな感じだったそうです。
店舗に電話がかかってのは利用した翌日ということでした。受けた従業員は相手の勢いに圧倒されて、本部に相談しないと返答できませんと返すのがやっとでした。申し訳ありませんと彼は言いました。
しかし私はよくやったと、この従業員を褒めました。苦情処理の9割は相手の話を聞くことにあります。必要なことや適当な相槌以外はなるべく何も言わない方がいい。下手にペラペラ喋って余計な言質を取られると、却って後が厄介だからです。それにこの客の伝票が、多分これだろうというものはあるものの、断定はできないとのことでした。
私から店舗には、先ず警察に連絡すること、それも組織犯罪対策課、略称「組対課」に報告するよう指示しました。相手が暴力団風の言葉遣いをしているときは直接組対課に言ったほうが対応が早い場合があるからです。
そしてこちらからは連絡しないこと。意味不明で抽象的な理由を怒鳴り散らして金品を要求してきたこの事案は、概ね脅迫や恐喝に該当します。こちらから連絡するのは盗人に追い銭というものです。
店長は、対応が決まったら電話しろと言われています、電話しなくても大丈夫ですかと心配しますが、構うことはありません。脅されてした約束など、守る必要はないのです。
店長の心配をよそに、この男から再び電話がかかってくることはなかったそうです。多分同じような電話をあちこちに掛けているのでしょう。反応があった店舗を脅して返金を要求するのです。行ったことさえない店にも関係なく電話して脅しているに違いありません。二度目の電話がかかってこなかったことも頷けます。
「やから」という字は2種類あります。ひとつは輩という字で、文字通り先輩後輩などに使われます。もうひとつは族という字で、暴走族などに使われます。私の解釈では、輩はひとりの人間を表わし、族は集団を表わしています。関西弁で「やから」というときは後者の意味で使うことが多いようで、不良の集団やまたはその中のひとりであることを表現しています。族は金になると思えば何にでも手を出します。
店長はこの客を族だと思っているようですが、必ずしもそうとは言い切れません。最近は暴力団とは何の関係もない素人でも、平気で金品を要求してきます。
警視庁のセミナーでは、不当要求をする悪質なクレーマーを暴力団に準ずるものとして可能な限り取り締まると言っていました。しかしクレームを言ってくる人たちの中に自分のことを悪質なクレーマーだと自覚している人は、暴力団等の確信犯を除いて、ほとんどいないと思います。金品を要求してくる人は、自分はクレーマーではないが、損をしたので補填してほしいと思っている人がほとんどです。また、実際にそういう発言もたくさん聞いてきました。その発言が不当要求とみなされることがあることまでは想像しません。客としての当然の権利であるくらいに思っています。ですから、あまりに要求がひどい場合に「それは不当要求になりますので、直接の対応はできません。今後は弁護士を通じて請求してください」と私が返答すると、ひどく驚きます。そして大抵の場合、激怒します。
三波春夫が「お客様は神様です」と発言したときの世間の驚愕を私はまだ憶えています。どうやら三波春夫の真意は別のところにあったようですが、言葉だけが独り歩きをして、世の中のすべてのお客様を神様扱いにしなければならないような傾向になり、今や最高潮に達しました。一億総クレーマー時代です。国民の族(やから)化と言ってもいいのかもしれません。
高齢者からのクレームも増えました。大抵は上からの目線で、これが会社の営業方針なのかという質問をしてきます。客の言うことを無視する営業方針や客に対して失礼な態度をとる営業方針など、あるはずがありません。それでも厭味ったらしく聞いてきます。
「客に対して失礼な態度を取るのがお宅の営業方針か?」
「もちろんそうではありません」
「そうでないなら、どうしてこんなことをするんだ、ああ?」
というやりとりは数え切れないほどありました。
要求も自己中心的で、今日中に返事をしろだとか、明日までに対応がなければネットで公開するだとか、言いたい放題です。高齢者からのクレームは、教えてやっているのだというニュアンスが強いのが特徴です。お宅の会社のために言っているのであって、感謝されこそすれ、クレーマー呼ばわりされる覚えは微塵もないというのが彼らの本音でしょう。なまじビジネスの経験があるものですから、自分の成功事例を得々と喋り、それに比べてお前のところは何なのだという話の進め方をしてきます。その成功事例も、何十年前の話だろうと思えるような古い話です。是非、そういう成功事例を生かせる職場に再就職できるように、政府がもっと高齢者の就業を補助してくれた助かります。なにせヒマにまかせてクレームを言ってくるので、仕事を与えてあげれば当然ながらクレームをつける時間も少なくなると思います。
クレーマーの特徴を言うと次のような感じです。
総じて頭が悪い。
頭が悪い癖に相手の言葉の上げ足を取ることは非常に上手である。
自分の都合を延々と話す。
自分の時間は貴重だが相手の時間は全く考慮の外にある。
クレームをつけることは客として当然の権利であると思っている。
相手は当然ながら真摯に真面目に対応しなければならないと思っている。
目的は次の3つのうちのどれか。
自分の憂さ晴らしをしたい。
相手にも同じような嫌な思いをさせたい。
金品を要求したい。
世の中はゴールデンウィークですが、サービス業の会社に勤める私は、今日も族のようなクレーマーの相手をしなければなりません。いつまでこのような不寛容な社会が続くのでしょうか。