先の戦争に敗れたことで、日本人は大事なものを否定されたんじゃないかな。高橋和己のエッセイ集『孤立無援の思想』に、高橋と埴谷雄高の往復書簡「散華の世代」が収録されているんで、ついつい手にとってしまったけど、善悪は別にして、散華の世代の思想は無視できないよね。高橋はその書簡のなかで、ある特攻パイロットのことを取り上げていたっけ。終戦の年の八月十五日、敗戦の布告が出されたのを知りながら、九州の大分基地から九機のゼロ戦の編隊が沖縄に向け出撃した。もちろん、敵空母の近くまで行けず、全機が米軍に撃ち落されてしまったが、奇跡的に年若い中尉だけが、左腕を失いながら米軍に助けられたんだ。そして、その中尉が「特攻隊に志願したことは、自発的なものだった」と語ったんで、それを聞いた米兵が不可解な顔をしたと言うんだよね。新左翼に同調的であった高橋は「戦争とは精神面から照明をあてれば、それは裏がえされた人間の悲惨な文化の一形態であります」と批判的なコメントしていた。でも、それが日本人の負の部分かどうかは、議論が分かれるんじゃないのかな。天才数学者であった岡潔は、小林秀雄との対談(『対話 人間の建設』)で、「日本人の長所の一つは、時勢に合わない話ですが、神風のごとく死ねることだと思います。あれができる民族でなければ、世界の滅亡を防ぎとめることはできないとまで思うのです」と述べていたよ。それに対して小林も「よくわかります。特攻隊というような異常事件に関しなくても、私たちの、日本人の日常生活のうちに、その思想はちゃんとあるのです」と応じていたよ。それが日本人に受け継がれてきた精神文化であって、高橋は恐れを抱きつつ、本心は畏敬の念をもっていた気がしてならない。鳩山由紀夫首相や小沢一郎民主党幹事長が許せないのは、そうした日本人の精神文化とは無縁なところで生きているからだよね。岡潔は小我を捨てることを説いていたのに、鳩山と小沢は小我を捨てるどころか、自己保身の執着が強すぎるよ。
何一つまともなことができない鳩山政権や民主党は、国民の意思をまったく無視して、鳩山首相や小沢一郎幹事長を守ることに躍起になっているよ。国会の運営でも、露骨に数の力で押し切ろうとしている。それでいて、国民が求めている経済の成長戦略はまったく示されないまま。党利党略でこの国をメチャクチャニしているだけだよ。高い生産性と高付加価値の優位産業を育成することで、それにつながるさまざまな産業の裾野が形成され、多くの雇用を吸収できるのに、その道筋がまったく見えてこない。そんななかで、母親から莫大な資金提供を受けていたことで、鳩山首相は「平成の脱税王」、政治資金で不動産を購入していたのが明らかになった小沢幹事長は「闇将軍」とそれぞれ呼ばれているんだから、手がつけられない。為政者というのは、場合によっては国民の反発と抵抗を押し切っても、国民を統治しなければならないのに、一体どうするつもりだろう。「正しい政治」(職業倫理)と「よい政治」(善政と悪政の区別)を学問的に解明した学者に、京極純一がいた。「正しい政治の」第一の準則は公平・公正、第二の準則は無私・廉潔、第三の準則は職務専念、全力投球。「よい政治」の第一の準則は国民の生命と安全の保証、第二の準則は国民生活に対する繁栄の保障―ということだよ。その準則にのっとって鳩山政権を論評すると、てんで話にならないよ。少数野党を歯牙にもかけないわけだから、公平ではないし。清潔さに欠けるから、無私・廉潔でもないよね。防衛問題でずっこけているから、国民の生命と安全の保障もなおざりにしている。国民生活に対する繁栄の保障にいたっては、歴代政権で一番心もとないよ。にもかかわらず、一度政権を手にすると、自己防衛のために権力を行使したがるんだよね。一日も早く政権奪取をするためには、もっと自民党が戦う政党にならないと。すぐに妥協するのは愚の骨頂だよ。