草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

戦後の封印された民族的衝動を噴出させんとした右の潮流!

2012年06月18日 | 思想家

 日米安保を即刻破棄しろとはいわないが、米国の言いなりではなく、真のパートナーを目指すべきだ。石原慎太郎が核にこだわるのも、国家の主権を回復したいからだろう。フランスのドゴールが核兵器を手にしたのは、超大国の核独占が許せなかったからだろう。松島基地での航空ショーを見学したときに、航空自衛隊の隊員から聞いた言葉が忘れられない。「いくらこちらが腕がよくても、兵器は向こうが上ですからね。空中戦をやれば負けですよ」と悔しがっていた。大東亜戦争に敗北したことで、日本は米国に骨抜きにされたのである。原発にしても、長い期間にわたって日本は開発することを禁止され、米国の中古品を買わされた。その結果があのざまなのである。70年安保前後には、60年安保のときと違って、ようやく保守民族派がナショナリズムの担い手となった。早稲田を中心にした日本学生同盟は、安保条約の克服をスローガンに掲げた。よりラディカルな日本学生会議は、沖縄返還闘争に日の丸を掲げて闘った。新右翼の一水会などは、現在でも米軍基地の撤去を求めている。右であろうと、左であろうとも、戦後の封印されたナショナリズムを解き放そうとした者たちを、正当に評価するのが私の立場なのである。それで誤解されようとも、私は抗弁するつもりはない。銃殺刑になった北一輝や青年将校も、権力者にとっては「アカの手先」であったわけだから。

 
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60年安保が高揚したのは民族的衝動の噴出があったからだ!

2012年06月18日 | 思想家

 先週の金曜日に日比谷公園の近くで仕事の打ち合わせをしていたら、そこで「黙祷をささげに行かないか」と誘われた。あいにく時間が合わなかったので、その追悼集会には参加できなかったが、1960年のその日、全学連主流派が国会構内に乱入して機動隊と激しく衝突し、そのときに樺美智子さんが、衆議院南口通用門近くで死亡したのだった。私は60年安保闘争を高く評価する。すでに1956年のスターリン批判によって、マルクス主義の権威は地に落ちており、日本人のナショナリズムの高揚が背景にあったからだ。桶谷秀昭も「この年の晩春初夏にかけての戦後空前の大規模な反体制運動、それは60年反安保闘争と呼ばれてゐるが、その迅速に生起した、混沌を蔵する運動の大衆的表現には、議会制民主主義を守れ、とか、平和を守れとかいふスロオガンに収まりきれない、言葉にならない民族的衝動の噴出が感ぜられた。その衝動は新条約批准を強行した為政者に向けられたのみならず、戦後を主導してきた反体制組織そのものに向かって噴出した」(『昭和精神史・戦後編』)と書いているように、できるだけ穏便にすまそうとしていた社会党、共産党、総評系のデモ隊に対して、全学連主流派は、力でもって新たな空間を切り拓こうとしたのだ。それは同時に、アメリカの従属下から脱却し、国の主権を回復せんとする闘いでもあった。そこで敗れた清水幾太郎が、保守民族派に転向したのも、当然の帰結であった。今と違って、新左翼がナショナリズムをリードした時代であったのだ。

 
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眠れぬ6月の夜に 5首

2012年06月18日 | 短歌

酒あおり放哉の句をつぶやけり風に吹かれし身一つかな/

忘却眠れぬ夜のなせる技ゲヘナの火に身をあぶりたり/

通り魔が駆け抜けてゆく街角に裸電球明々として/

身にあまる命なりけりもてあまし目はらんらんと輝いている/

啄木も勇も泣きし深き闇命の灯ゆらめいている/

  
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