東京都知事選での桜井誠の演説は、戦後日本のタブーへの挑戦であり、もっともラディカルであった。有力三候補に含まれなかったために、マスコミではほとんど取り上げられなかったが、彼の主張を一笑に付すわけにはいかない▼外国人へ生活保護が支給されていることを、どれだけの日本人が知っていただろうか。日本国憲法においては、あくまでも日本国民に限られている。現実はそうではないのである。立憲主義の反することがまかり通っているのだ。パチンコが野放しになっていることも、桜井は徹底的に糾弾した。本来であれば、アンケート調査で外国人の生活保護やパチンコ廃止の賛否を問うべきなのである。泡沫候補扱いにすることでマスコミは桜井の主張を隠ぺいした。多くの都民が演説を聞いて驚いたのではないだろうか▼民主主義は理性的な判断が求められるとはいえ、時には感情的になることも許されるべきだろう。一時的には政治が混乱しても、日本が国家として身構えるには避けては通れないからだ。財産と教養のある理性的な公衆などは一握りに過ぎない。現状に不満を持つ者たちの非理性的な感情を無視するわけにはいかないのだ。かつてはそれが極左の運動であったが、今では行動する保守運動にとって代わられたのである。日の丸や旭日旗を押し立てる人たちは、国家の大切さを訴えたいのだろう。国家を取り戻すために、荒療治をする勇気が私たちにあるかどうかなのである。
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