ライブ インテリジェンス アカデミー(LIA)

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福禄の神を迎え入れて、平和な一年に  【一茶庵稽古追想】

2022-02-03 12:45:59 | 文化想造塾「煎茶」

 

今日は「節分」。冬と春の分かれる節目の日である。

「寒さあけて春に入る日」といいたいが、寒中に震える日々に加えコロナウィルス(オミクロン株)が猛威ばく進中である。

以前、煎茶稽古で「節分」が題目として取り上げられたことがあった。

そのときに掛けてあったお軸は、鬼が逃げ出していく姿のものだった。そして横のボードには唐の詩人姚合(ようごう)が詠んだ「晦日送窮(みそかそうきゅう)」が書かれていた。

 

 


中国ではその昔、大晦日や正月晦日に「送窮」とか「送窮鬼」という家の中の貧乏神を送り出し、福禄の神を迎えて一年の幸福と安寧を祈る行事があったようだ。
古い時代の話ではあるが、大阪の金持ちの家でも「貧乏神送り」といって毎月晦日に焼き味噌を二つ作って家中をもってまわって、家にある災厄を焼き味噌につけ川に流す風習があったという。
いまの節分の「鬼は外 福は内」の原型のような風習なのかもしれない。

晦日送窮


年年到此日   毎年この日になれば
瀝酒拜街中   酒をそそいで、街中で拝んでいる
萬戸千門看   どこの家でも
無人不送窮   貧乏神を送り出さない人は無い

送窮窮不去   貧乏神を送り出しても、貧乏神は去ってくれない
相泥欲何爲   私になじんでしまって、どうしようとするのだ
今日官家宅   私もお役人になったのだから、
淹留又幾何   この家に居座っていられるのも、もうちょっとだ

古人皆恨別   昔の人は皆んな別れを恨んだが
此別恨消魂   この別れにはがっかりしない
只是空相送   でもこれは空しく送り出すだけ
年年不出門   毎年お前はこの門から出て行かないのだから

 

中国神話伝説大事典より引用

令和四年の春の始まりである。穏やかな春の訪れにとともに福禄の神を迎え、平和な一年になることを祈って。

 

 

リポート&写真/ 渡邉雄二・ネット画像より 場所/ 文人会一茶庵 Reported & Photos by Yuji Watanabe

※トップの写真は2018年に八坂神社で撮影したもの                 ※下段の写真は、数年前の神戸長田神社で撮影されたものをネットより転載

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尾道・文化紀行 https://asulight0911.com/hiroshima_onomichi/

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お酒で茶を煎る 【一茶庵稽古追想】

2022-01-25 10:27:20 | 文化想造塾「煎茶」

前回の煎茶の稽古は、久々に「玉露」を楽しんだ。

小さな急須に、山盛りの玉露茶葉を惜しげもなく入れる。
お猪口くらいの大きさの湯のみに1/3程ぬるま湯を注ぎ、それを急須の中の山盛り入っている茶葉にできるだけかからないようにゆるりと注ぐ。

待つこと約5分。じんわりとぬるま湯が茶葉に馴染んでくる。
急須から湯のみに注ぐ。ぬるま湯は茶葉に吸い込まれ垂れるのは数滴。

玉露のなんとも言えない色が着いている。
一煎目は玉露の甘みでまろやかに。そして二煎、三煎と。通常、六煎まで回繰り返す。甘味、苦味、渋味などの微妙な味の違いを楽しむことができる。

今回の稽古では、4煎目はぬるま湯ではなく、貴重な原酒をぬるま湯の替わりに急須に注ぐ。日本酒とお茶のコラボである。見事な組み合わせ。日本酒の辛味がジューシーな味に変わっていた。

待つ時間を利用して、写真にあるお軸の詩を紐解いていく。
上田秋成、与謝蕪村の友人の、漢文学者の村瀬栲亭(こうてい)の書である。
茶の湯の世界に喧嘩を売るような漢詩である。ご想像ください。

 

リポート&写真/ 渡邉雄二 場所/ 文人会一茶庵 Reported & Photos by Yuji Watanabe

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尾道・文化紀行も覗いてください

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路地裏に咲く清楚なお茶の花 【一茶庵稽古追想】

2021-10-18 14:29:09 | 文化想造塾「煎茶」

前回の稽古は、蓋・扉をはめこむために溝がひいてある箱もの

「倹飩(けんどん)」に収められたお道具を取り出すことから始まった。

お茶は雁が音で、淹れ方は掌(たなごころ)。

雁が音のまろやかさを味わいながら三煎まで淹れ味の変化を楽しんだ。

 

 

今回のお軸は、写真にあるように木の枝に美しい鳥が留まっているもの。

木には白の花が咲いている。

いつも通り、"これはなんという木ですか"と宗匠が尋ねるところから始まった。

うぅ〜、唸る声がもれるだけ。"白い花が咲く木ですよ"といわれても想像がつかない。

唸り声に業を煮やした宗匠があっさりと「お茶の木」と解答。

 

 

お茶の木に花が咲くの?と疑問が湧いた。茶畑からでは想像がつかないが、美しい花がお軸の中で咲いていた。

枝に留まる青色鮮やかな鳥は「瑠璃鳥」だという。

さて、このお軸の画のモチーフから浮かぶのは中国 楚の文人、陳璵義(チンヨギ)の詩。

 

 

伊軋籃輿不受催
湖南秋色更佳哉。
青裙玉面初相識
九月茶花滿路開。

籠から眺める湖南の秋は美しい。
道沿いに咲くお茶の花は満開、
地元の青いスカートを履く女の子と楽しい会話もはずむ。

 

 

という意味になる。女の子を瑠璃鳥にたとえ描いているようだ。

湖南のお茶はいまも有名である。雁が音のまろやかさが湖南の秋を感じさせてくれる。

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初冬に想う。雁が音の渋さが染みる

2021-10-13 11:21:51 | 文化想造塾「煎茶」

湯冷ましを雁が音(茶葉)にかからないようにゆっくりと注ぐ。

1煎目のまろやかさが、2煎目には渋さが増し少し引き締まる。そして3煎目はキレが抜けていく。

昨夜の稽古のお題は、李白の「白鷺鷥(はくろじ)」。漢詩や墨絵に登場する白鷺は「男」を比喩する。

それも美しい男性の代名詞である。今回のこの漢詩は、李白が友人の男性の悲哀を詠んだものとされている。

 

 

白鷺拳一足  

‏月明秋水寒 ‏
‏人驚遠飛去  ‏
‏直向使君灘

  ‏
[現代訳]
片足で立つ白い鷺
‏月は明るく 秋の川の流れは冷たい
‏人影に驚き 白鷺は遠くへ飛び去り
‏まっすぐに 使君灘へ向かっていく

 

そしてもう一句

白鷺下秋水  

孤飛如墜霜  

心閑且未去  

独立沙洲旁  


[現代訳]
白鷺が秋の水におりてくる。
1羽で飛ぶさまは、霜がおちてくるみたい。
心をしずめてしばらく立ち去らない。
ひとりで砂の中洲のそばに立っている。

 

 

冬到来に、男の悲哀を感じさせられる。そして、雁が音の渋さが心に染みる。

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紅葉の「落ち葉焚き」となれば、白楽天が浮かぶ

2021-10-08 14:20:20 | 文化想造塾「煎茶」

少し早い話であるが、12月13日は「事始め」。正月を迎える準備を始めるために、

むかしからこの日が定められている。

以前、その13日に稽古した折、今年の締めくくりと、

新しい年に向けて一意専心の想いで稽古するようにという気が込められていた。

 

その日の稽古のテーマは「白楽天」だった。この名を聞けば、煎茶を稽古している者は、

中国 唐代の代表的詩人を思い浮かべるはず。だが、俗世界にどっぷりとつかっていたせいか、

中華料理店名が頭をよぎった。これでは来年もまた思いやられる・・・(笑い)

 

白楽天は、あざなである。実名は「白居易(はくきょい)」。

中国の李白、杜甫とならび三大詩人として名を馳せ、我々の中高時代の国語の教科書にも登場した人物である。

しかし、恥ずかしながら当時学んだ事は残骸の欠片もない。それを半世紀経ったいま学ぶことは愉悦至極である。

 

 

その日のお軸は、前回の稽古と同じものが掛かっていた。前回のものと切り口が違った。

見ての通り「落ち葉焚き」の画である。賛もない。モミジの落ち葉が燃えている、ただただシンプルな画である。

さて、この吹寄せの画を観て "どこで焚き火を?" "だれが?" という宗匠から問われるはずなので、

われわれは想像を巡らした。"野原" "お寺の庭" などと答えを用意していたが、場所や誰が、

という特定は必要ない、ということに。

では、どんな答えを宗匠は求めたのか。それは、「ここ(稽古場)」で、

われわれが焚き火をしている、という設定。つまり「同時同場」という煎茶ならではの仕立てである。

 

さらに、この画の吹寄せの焚き火で湯を沸かすのもいいだろう、酒を燗するのもいいだろう。

空想を広げていくと、楽しくなってくる。子ども頃の情景も浮かんでくる。

さて、ここまできても結論が見えてこない。それは古典の知識が備わっていないことにある。

この画を観て「白楽天」と読み取ることができるようになるのはいつのことだろう。

 

 

では、白楽天の有名な詩を振り返ることになった。下記の詩の解説を聞くと、

白楽天が故郷の友人に送った詩である。かつて故郷で友人と一緒に遊んだことを懐かしみ、

また一方、白楽天は故郷に帰れないことを嘆くとともに、故郷へ帰れる友人を羨み、

そして慰めている内容のものである。

 

 曾於太白峰前住  

 數到仙遊寺裏來  

 黑水澄時潭底出  

 白雲破處洞門開  

 林間暖酒燒紅葉  

 石上題詩掃緑苔  

 惆悵舊遊無複到  

 菊花時節羨君回  

 

かつて太白峰前に住み、しばしば仙遊寺を訪ねた、黒水が澄めば淵の底が見え、白雲が途切れれば洞門が開いた。

林間酒を温めるために紅葉を焼き、石上詩を題せんとして苔を削り取る、

悲しいのはもう二度とこのような遊びができないことだ、というのもこの菊花の季節に君は故郷へ帰るのだから

という意味になる。

 

この詩の中にある「林間暖酒燒紅葉、石上題詩掃緑苔」という句がある。

これが白楽天の有名な「対句」として知られている。

つまり、紅葉の落ち葉焚きの画をみれば、「白楽天」につながっていくのである。

 

 

煎茶は前回と同じように上投法と煮茶法、そして同時同場と考え、最後に急須にお酒

を入れ燗をし喉を潤し事始めの稽古を終えた。

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