不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

一韶の俳句ブログ

俳句を詠うのは自然・私・家族・夢や希望・社会など。読む時はどんな解釈が浮かぶか読み手の経験や生活によって様々

494  春浅し去勢避妊の犬ばかり

2012年02月13日 | 

(はるあさし きょせいの 犬ばかり)  

 

4,50年前の犬と言えば、私が田舎育ちのせいもあるが、ほとんどが雑種で放し飼いだった。

ところが、最近は、洋物の犬種が大流行。柴犬などの日本犬もいるが、圧倒的に洋犬が多い。近くの公園に行くと、洋犬を連れた人たちが集まっている。

 

コーギー、シーズー、プードル、ダックスフンド、シェットランドシープドッグ、ダルメシアンなどが多く、現在の流行が良く分かる。

純血種は近親交配が多いためか病気に弱い。どうしてそんな犬を飼うのか、気が知れない。

 

西洋かぶれの今の日本人は、「自分が西洋かぶれだ」という認識がないから困る。罪悪感のない犯罪者に似ている。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

493  宍道湖の静寂しみじみ蜆汁    照れまん

2012年02月11日 | 

(しんじこのしじま/しみじみ/しじみじる)     

 

 インターネットで俳句を調べていると、HPやブログの皆さん、結構真面目にやっている、と感心する。そんな中で、早口で言うと舌を噛みそうな、こんな句を見つけると、とたんに嬉しくなってしまう。

 

 真面目な句に飽き飽きしているからかもしれない。とにかく、大笑いしてしまう。本来の俳諧とは、おかしみや諧謔、頓知などを言うのだから、これでいい。

 

「この句で、宍道湖の見える民宿か旅館で、朝取りの蜆汁を啜りに行きたくなったでしょう」

「そうねえ、いいわねえ、でも私はホテルの方がいいわ」

「どうぞどうぞ、お好きにどうぞ」

「松葉蟹もあるかしら、やっぱり蟹が本命よ」

「・・・・・」

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

492  蕗の薹きざんでひとり上手かな  ふじ

2012年02月10日 | 

 

(ふきのとう きざんで ひとりじょうずかな)

 

 中島みゆきに「ひとり上手」という歌がある。作者によると、この「ひとり上手」を作者がパクッたのだと言う。実は、私も「ひとり上手」という造語に感心した一人である。

 

五輪真弓の「恋人よ」にも、「マラソンびと」という造語があったが、最初は違和感を感じたが、いくら考えても代わりになる言葉が見つからず、結局「マラソンびと」は正しい、と言わざるを得なかった。世のヒットメーカー達の詩の中には、こういう『人を唸らせるうまい造語』が結構あるものだ。

 

 さて、中島みゆきは歌の中で、「私はひとり上手ではないのよ」「ひとり上手と呼ばないで」と言っている。だから、この句の作者も、「ひとり上手かな」と断定してはいるものの、中島みゆきと同様、「ひとり上手ではないのよ」と言っている、と解釈するのが正しいのかもしれない。

 

この句は、「照れまん君の俳句歳時記」に詳しく載っていますのでご覧下さい。

 

ブーゲンビリア(ダイヤモンドヘッドにて)

 

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

491  春も早トルソーの背は日を弾く

2012年02月09日 | 

 

石膏で作られた、頭や手足のない真白な彫刻をトルソーと呼ぶ。学校の美術室などでデッサンのモデルとして描かれるから、誰でも知っているだろう。ギリシャ彫刻などをモデルとしたものが多い。

 

 この句は、昭和57年作だから、30年前の句だ。「早春や」ではなく「春も早」としたのが、初心者としてはなかなかの工夫である。但し、これは学生時代の過去の記憶から想像して作ったもので、実体験の句ではない。

 

こんな作り方をしていると、早晩記憶やアイデアは枯渇するから、「句ができない」という壁に必ずぶち当たる,ということを当時の私はまだ知らない。

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

490  若者の少なき町よ木の芽坂

2012年02月08日 | 

 

 熱海は、毎年人口が減りつつある。50,000人を越えていた人口が、現在およそ39,500人。しかし、セカンドハウスとしての戸建やマンションの部屋を所有している人が多く、旅館、ホテル、保養所などの宿泊客は、毎日数千人単位である。

 住民には高齢者(65才以上)が40%近くとかなり多く、30年後の日本の高齢者の割合を先取りしているそうである。

 ハワイに行って気付いたのも、街に溢れる高齢者だった。お金があれば老後を暮らしたい町としてのホノルルも、熱海と同じ高齢者の町だった。

 

ハワイプリンスホテルの近くで

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

489  人群るるパワースポット実朝忌

2012年02月07日 | 

 

 もう20年も経つだろうか。ある気功師が言っていた。「熱海は気の強い所である。富士山や箱根を含めたこの一帯がそうであるが、ここもなかなか気が強い。だから熱海には宗教団体の本部が多いのだ。気は、宇宙から受け取るもので、特に大木の前で両手を広げ、瞑想すると良い」

 

さあ、ホントだかどうだか。真偽のほどは別として、我が住める土地を誉められて、悪く思うことはあるまい・・・・・・まあ、その程度に思っている。

 

 ところが、最近の「パワースポット・ブーム」に近くの「伊豆山神社」が当たっているらしく、毎日青年達がお参りに来ているという。

 こんな、ちっぽけな神社のどこにパワーがあるのか、と訝しむのだが、頼朝と政子が逢引したのも事実らしいし、鎌倉幕府の絶大な保護があったようだし、国宝の政子の髪で作られた曼荼羅もあるし・・・・・

 

 いづれにしても、この不景気に多くの若者が伊豆山神社にやって来るのは、悪いことではない。しかし、彼らは一体何を拝み、何を祈っているのやら。思慮努力もしないで、棚ぼた式の御利益など有り得ないことを知っているのだろうか。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

488  冴返る餌台に餌山と盛る

2012年02月05日 | 

(さえかえる えさだいにえさ やまともる)

 

「今年は野鳥が少ない」あちこちでそんな声を聞く。私は、餌台にヒマワリの種を置くようになって、20年程になるが、次第に増えていたヤマガラやシジュウカラ、イカル、ガビチョウ、ソウシチョウなどが、一挙にほとんど来なくなったのだ。去年の暮から来ないから、今年の寒さのせいではなさそうだ。

 

とすると、大震災や放射能の影響か。高性能の超能力を持つ野鳥ならば、日本列島の異常を感知していてもおかしくない。

 

では、全国的にはどうか、というと良く分かっていないらしい。毎年、何処かで少なくて、何処かで多い、だけのことかもしれないのだ。つまり、全国的規模で調査しないと、野鳥の増減など分からない、ということらしい。どこかに、逃避行してくれていれば、いいのだが・・・・・・

 

いづれにしても、今年の我が家の餌台に来る野鳥は、異常に少ない。

 

 

阿之我利(あしかり)とは、万葉集の「足柄の土肥の河内に出づる湯のよにもたよらに子ろが言はなくに」の地名の足柄のことです。土肥は、湯河原の中の地名。

私の窯場から、湯河原の野焼きの後の黒々とした野原がよく見える、という意味です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

487 小澤多留男 俳画展

2012年02月03日 | つぶやき

日時    2月5日まで

場所    小田原飛鳥画廊 ←クリックして下さい。

32年にわたり、ご指導いただいている私の俳句の師匠、小澤多留男先生の「俳画展」を開催しています。

 先生は、俳句の他に絵画も親しまれ、しばしば私達弟子に俳画の色紙を下さいました。私だけでも、50枚近くあり、画廊に展示しきれない程です。

 

 

 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

486  木枯や旧家の重き掛布団

2012年02月02日 | 

 

日本海岸を富山から長崎まで歩いた時、柱が太く藁葺きの古い家に泊めてもらったことがある。

もう40年も前のことで、定かな記憶ではないが、代々続いている旧家のような立派な家だったと思う。

唯家自体が古かっただけかもしれないが、家の中は煤けて黒く囲炉裏があって、広い奥座敷は隙間風があるのか、真冬でもないのに、実に寒々としていたことを覚えている。

一人で泊ったそんな旧家の掛け蒲団は、息苦しいくらい重たかった。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

485  水虫の薬ころがる炬燵かな      炎火

2012年02月01日 | 

(みずむしの くすりころがる こたつかな) 

 

文化的生活というけれど、文化とは一体なんじゃいな?

 

その代弁者の一人は、水虫君である。私達は無駄に大量にオイルや電気を使い、室内を過剰に暖め、水虫菌を飼育しているのである。

 

この句の「炬燵」は、エアコン、ストーブ、電気カーペットなど、様々な暖房器具の単なる代表であって、ちと古臭く感じる。しかし、庶民的であるが故に、日本の津々浦々まで水虫が蔓延しているような感じがする。

 

恥ずかしながら、そういう私も文明病に侵され、水虫菌を育てている一人である。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする