ホイジンガは「ホモ・ルーデンス」の中で、遊びについてこのように言ってます。
「全ての遊びは、自由な行動である。
命令されてする遊び、そんなものはもう遊びではない。
せいぜい、押し付けられた遊びの写しでしか有り得ない。(後略)」
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この定義によると競馬は遊びであり、ディズニーランドのアトラクションは、
遊びとは言わないことになります。例えば、動物にとって遊びは大変重要であり、
生きるための行動の訓練となるものなのだそうです。肉食動物は獲物を捕らえる練習、
草食動物は逃げて生き延びるための訓練になります。人生にも遊びが必要。
競馬という遊びは、何の訓練になるのでしょうか、、、想像力の訓練かな。
本を読んでいて、気になる言葉があった。
「ひとは、いつも自分と他人のあいだに生きている。
自分が知っている自分の姿は、必ずしも真の自分と言うわけではない。
もちろん他人が知っている自分の姿も、本人から見れば、
どこかむずがゆくなるような「誤解」に満ち溢れていることが多い。」
・・・荒俣宏「漫画と人生」より
確かに、歳を取って、自分が思う自分と他人の見る目のギャップが
段々大きくなってきているような気がする。
他人とのギャップを埋めに行くか、独自の道を歩むか、それが問題だ。
(荒俣宏は、この誤解が面白いと言っているが)
自分だけがうまくやれる幻想について
ダーウィン曰く、
「知識よりも無知のほうが、自信を生むことが多い」
テストの結果が最も悪かった人達が、それ以外の人達と比較すると
自分の成績と技量をきわめて高く評価する傾向があるらしい。
昨今の日本礼賛、自画自賛本を見ると、著者のレベルが推測されます。